第四話 会うは別れの始め
不吉なサブタイで申し訳ない。
「……ありがとう、助かった」
「いえ、構いません。無限に湧きますからね」
水さえあればの話ですけど。私の可愛い可愛い酒虫ちゃんは非常に優秀で、私の瓢箪に住みついて数年の月日が経った今では、味から度数まで変えられるようになっているのです。何と素晴らしい事か。数年前のいつか自分でお酒を作ろうと言う目標は今では既に風化し、完全に酒虫ちゃんに依存しきっています。もう私は酒虫ちゃんと離れる事の出来ない体になってしまったのです。
「……美味しかった」
「でしょう? 私の酒虫ちゃんはとても優秀なんですよ」
「……酒虫? あれを手に入れたの?」
「手に入れたというより、勝手にこの瓢箪の中に住みついたのが正解ですね」
しかもお酒が飲みたくて仕方がない時に現れたというなんとも素晴らしい酒虫ちゃんなのです。
そういえば、考えた事も無かったのですが、この酒虫ちゃん何処から来たのでしょう? まさか水から生まれたとかそんな事は無いと思うのですが・・・はて?
「……羨ましい」
「あげませんよ? ところで、あなたはどうしてこんな辺境の山に来たのですか? あっちの山の方が豊かでしょうに」
住んでいる私が言うのもあれなのですが、ここって私がいる所為なのか他の要因があるのか、何故か生物が住み着かなくなってしまったんですよね。キノコとかは生えるのですが…まあ、私は酒があれば生きて行けるので問題はないんですけどね。
「……元々、私はあっちの山に居た」
「へぇ? じゃあ、尚更疑問ですね。何故こんな何もない山に来たのです?」
「……あの山には、仲間がいた、沢山。私と同じ『鬼』、そして『天狗』や『河童』など沢山いた」
私の質問には答えず、彼女の境遇というか、仲間自慢を初めました。あれか、何年だか何十年だか何百年だか知りませんが、そのぐらいずっと一人でいた私への当てつけでしょうか? まあ、好きこのんでという訳でもありませんが、別に一人が嫌だったという訳でもなく、なんとなく一人でいた訳ですから、特に何か思う事があるという訳ではありませんが。
「……仲間がいた、沢山。でも、死んだ」
「……は?」
「……あなたも気が付く位はした筈。最近、人間たちの様子がおかしかった事に」
ああ、確かに、きな臭くなってきたなとは思っていましたけども。そういえば、既に遠い記憶と化していますが、あの人間の女性が妖怪と戦争するとか言っていましたね。まさか、アレでしょうか?
ふむ、となるとこの山も安全とは言い切れないかもしれませんね。平穏な私の日常も此処までなのでしょうか?
「まあ、そんな雰囲気はありましたね。物騒だなーと」
「……その様子だと、この山にはまだ来ていない?」
「さあ? 今私達がいるところは山の中でもかなり奥の方ですからね。もしかしたら手前の辺りには来ているのかもしれませんよ?」
実際、私の山の管理というのはものすごく甘い。侵入者の把握もなし、生態系の管理もなし、本当にただそこに居ただけですからね。だからそんなの分かった事ではないのです。
「……少なくとも、此処は安全?」
「へ? まあ、外の状況からして永遠にとは言い難いですけど、しばらくは大丈夫なのでは?」
「……好都合」
好都合? どういう意味でしょう?
「……人間の攻撃は、極めて強力。……先端の尖った鉄の弾を変な細い物から打ち出してくる。……それに仲間は皆殺しにされた。……当然私も無傷じゃない。……何やら特殊な術を組み込んでいるようで、傷の治りが遅い。外面は治ったように見えるが、内面は未だにボロボロ。……とてもじゃないが、人間に対抗できるほど動く事は不可能」
「……つまり、命辛々この山に逃げてきたあなたは、既に満身創痍でこの山に隠れようと思った。で、私に出会った。こんなところですか?」
「……うん」
「ふむふむ、成程。まあ、私としては別にこの山に誰がいても別段気にする事もないので好きなだけいて下さいな」
「……今更こんな事言うのは駄目かもしれないけど、いいの? この山はあなたの縄張りの筈」
「別にそこまでこだわってないんですよ。来る者拒まずですから。もっとも、今まで来た人なんていないんですけど」
まあ、彼女の話を聞く限りでは、あっちの山はかなり妖怪がいたらしいですからね。皆そっちに流れていくのでしょう。私? いや、群れる事をあまり考えてませんから。
そういえば、彼女が来る前に群れるだのなんだの考えていましたが、結構あっさり私は彼女の事を受け入れましたね。……きっと、来る分には良いのでしょう。実際に自分からいくのかというと首を傾げますがね。んー、こう考えると、本当に私って何なのでしょう? 謎が謎を呼びますね。
「……白木白亜」
「へ?」
「……私の名前。あなたは?」
「私? 私は……」
私はこれまで、あの人間の女性以外とは誰とも接触せず、この山で本を読んだり、酒造りに奮闘したり、料理の研究をしたりしておりました。その様な環境で、私はずっと一人で生活していた訳です。
木の名前は分かります。必要だったから。花の名前は分かります。必要だったから。生物の名前は分かります。必要だったから。
でも、私の名前は分かりません。必要無かったから。一人でいるのに、自分の名前が必要になる筈がない。
つまり、どういう事かというと。
「……? どうしたの?」
「ないです」
「……名前が、ない?」
そう、今までずっと一人でいた私は自分の名前というものが必要皆無だった訳で、全くそういうのを考えた事もないのですよ。
「ええ、考えた事もないですね。必要無かったですし」
「……そう。なら、今考える?」
「え?」
「……一人なら名無しでもいい。けど、私がいる。いつまでも『あなた』と呼ぶ訳にもいかない」
「そうでもありませんよ? 二人だけならそれでも十分通じます」
「……名前、いらない?」
「いやそういう訳でもありませんけど……」
逆に言うと、そこまで熱烈に欲しいという訳でもない。要は、どっちでもいいという事です。今まで無くて困らなかったから、別に良いだろうと。
ですが、無表情が標準仕様らしい彼女が若干、本当に若干ですが、眉を顰めると、まあいいかという考えになってしまいます。元からどっちでもよかったので当然ですが。
「……いえ、よろしくお願いします」
「……じゃあ、手始めに、能力を持ってる?」
「はい?」
「……一から考えるのは面倒。能力から名前を考慮した方が考えやすい」
一理あるのですが、今日初めて会った人にいきなりこっちの手を見せびらかすのもアレですよね。この山に匿うと言っても、それ以上の関係ではない訳ですし。知人が丁度いいぐらいの関係でしょう。
(でも、まあ、『視た』限りでは、そういう下心なしに本当に私の名前を考えてくれようとしているんですよね)
私は能力の発動を自由に出来ます。発動するのも、止めるのも自在です。なので、普段は発動していない状態なのですが、こういった要所要所で使ってはいます。能力が鈍るのも問題ですからね。あと、地道にですが能力の練習をしたりもしています。と言っても、偶に見掛ける動物に幻覚を見せる程度にですが。偶に見掛ける動物というのは、何か頭が三つあるワンコだったりと奇妙な動物ばかりですけどね。
「そうですか。まあ、別に良いですよ。減るものではありませんし。私の能力は【心を操る程度の能力】です」
「……覚妖怪?」
「あなたにはこの「……白亜」……白亜にはこの角が目に入らぬのですか?」
「……鬼にしては珍しい能力。鬼は皆戦闘向きの能力が多い」
つまり、脳筋ばかりという事でしょうか? 確かに、図鑑で見た鬼は皆筋肉ムキムキで、如何にもな感じでしたけど。
ですが、どうやらその情報は誤報ですね。なにせ、目の前に居る白くて小さい鬼はムキムキどころか、少し小突いたら折れそうな位ですから。
「……私の能力は【岩石を操る程度の能力】。その派生で、砂も少しぐらいなら操れるし、鉱物から圧し固めて岩石にする事も可能。ただし、即席の場合はその分脆くなる」
「……何故、私に能力を?」
「……私だけ知ったら、対等じゃない」
嘘は……言ってませんね。純粋なる本心でしょう。この人、実は結構良い人なのでは?
「……そして、名前だけど」
む、早速思いついたのでしょうか?
「……心」
「え?」
「……鬼無心。これが今日からあなたの名前」
おになし……こころ?
「えっと、字で書くと、『鬼無心』ですか?」
「……うん」
なんというか……まあ、考えてもらっておいて文句を言うのはお門違いと言いますか、言う権利が無いと思うのですが、あえて言いましょう。
「名前とかそのままですよね?」
「……うん」
「あと、苗字は何故こうなったのですか?」
「……『鬼』っぽく『無』かったから」
え、そんだけ?
「……私は、ただ最初の印象が『白い』というだけで、苗字だけならず名前まで『白』を入れられた」
「……そうですか」
ある意味、この苗字も仕方がないのかもしれないと思った今日この頃。
「で、名前は?」
「……? これは本当にそのまま」
「理由を窺っても?」
「【心を操る程度の能力】がとても素敵な能力だと思ったから」
「……は?」
「……心を操るという事は、つまり相手の気持ちを察する事が出来るという事。間違いない?」
「え、ええ、まあ」
「……優しい能力。だから、名前は能力からそのままとった」
衝撃。ええ、衝撃でしたね。文献などで見た私達の様な能力、もしくは覚妖怪の評価はそれはそれは酷い物でした。人の恐怖から生まれた私ですが、そんな私の能力が【心を操る程度の能力】になのが確固たる証拠です。
要は、人間だけと言わず、知的生命体の大多数は心を操られる、読まれるというものは恐怖を抱き、嫌悪の対象という事です。
当たり前の事だと思います。なにせ、この能力を持った人の前では隠し事も出来ず、考えている事を読まれ、自分の下心なども全て筒抜けなのですから。私の場合はそれの上位に当たる【心を操る】なのですから、その嫌悪も倍増でしょう。
思えば、その事も考慮して私は他の妖怪の所に行かなかったのかもしれません。勿論、そうじゃないかもしれませんけど。
なのに、この目の前の白くて小さい彼女は何と言った? 優しい能力? 訳が、分からない。
「どうしてですか?」
「……何が?」
「何故、優しい能力とか、そんな風に言えるのですか? 怖くないんですか?」
「……? 怖い? どうして? 妖怪の性質、能力なんて沢山ある。その中でココロはそういう妖怪だったというだけ。別に怖くない」
「……では、最初の質問はどうなります?」
「……それは、そう思っただけ。他の意見は知らない」
「今この瞬間にも、私はあなたの「白亜……!」……白亜の発言に嘘は無いかと『視て』いるのですよ?」
「……それを気にするのは、疾しい考えを持っている人だけ。別に私は、嘘も言っていないし、隠し事もしていなければ邪な事も考えていない。故に、そんなのは気にしない」
白亜のここまでの言は、全て本当です。つまり、本当にこの能力の事を何とも思っていないのでしょう。
「……その能力は確かに嫌悪される能力。……万人受けは絶対にしない。……だけど、裏を返して考えてみると、その能力は誰よりも心の機微に敏感で、察する事が出来るという事。……だから、私はココロの能力を優しい能力と言った。……これで満足?」
「……そう、ですか」
何と言いますか、こう予想外と言いますか、こういう人もいるのですね。うん、純粋に嬉しいです。その能力で全てを判断しないところとか特に。
「……話は終わり?」
「ええ、ありがとうございます」
「……? 何故礼を言われるのか分からない」
「ハハハ、気分の問題です。……では、改めて、私の名前は鬼無心です。これからよろしくお願いします、白亜」
「……白木白亜。いつまでになるか分からないけど、よろしく」
こうして、私と白亜の共同生活は始まりました。