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東方心操録  作者: ハヤテ
3/22

第三話 井の中の蛙大海を知らず

実際、この鬼は一回しか山から出ていません。





 字が読めない。

 今までは誰とも関わることなく、ただひたすらに動物を狩って食すばかり生活だったので必要性皆無でしたが、ここにきてその必要性が浮き彫りになりました。

 字が読めないと言う事はつまり、私が持ってきた暇つぶしの為の本数冊も読めないと言う事。大問題です。いや、そもそも山に帰ってきて本を開けるまでその問題に気付かない方が問題なんですけどね。


 兎に角、今は早急に読み書きを覚える必要があります。そこで目に付いたのが、【あいうえお図鑑】というものです。これはひょっとかして読み書きを勉強する為に本ではないかと考えたのです。

 案の定、変な字の横に付いてある突起を押してみると本から『あ』という声が聞こえました。やはりこれは読み書きを練習する為の本らしい。

 余談ですが、その声がした瞬間、吃驚して体が跳ね上がってしまいました。






 【あいうえお図鑑】とにらめっこし続けて体感では数日過ぎました。あくまで体感はというだけの事で、周りの風景を見るとあんなにおい茂っていた樹は枯れ、動物の気配は感じません。更に言うと、いつの日にか狩った四足歩行の生物は腐敗どころか既に風化しているので、相当な日数が経ったのでしょう。

 相当な日数が経てば当然【あいうえお図鑑】の中身は完璧に覚えました。今では目を瞑ってでも言えるほどです。しかし、存外苦戦を強いられたのが、付録の【1~3年生までに習う漢字】というやつです。他にも【声に出して言ってみよう123】という、1~100まで書かれたのもありましたが、それは案外楽に終わりました。そもそも、数字の概念は知っていましたし。

 で、苦戦したのが漢字というやつなのですが、それはつい最近やっと完璧になったのです。長かった。いや、というかしんどかった。ずっと座りっぱなしの飲み食い無しでしたからね。むしろ、それに耐えて見事習得した私の忍耐力と集中力を褒めて欲しいです。


 さて、そんな訳で早速【料理】の本を開けてみた訳ですが(フフン、漢字で書けるのですよ!)、また未知の文字が現れました。


【㎎】【cc】【ℓ】


 流石にもう諦めようかと思いました。






 結局分かった事と言えば、何でもかんでも焼いたり煮たりすれば食べやすくなるという事だけでした。私のこの推定一年の努力は一体何だったのか。

 ですが、有益な情報もありました。Mもgもなく水を入れて色々小細工をすれば出来る透明な飲み物があったのです。なんでしたっけ? 酒? そんな感じの飲み物です。

 私は何故かこの飲み物に運命的な出会いを感じてしまったので、すぐさま製造に取りかかりました。米がいるとかなんとか書いてありましたが、なんとかなるでしょう。






 なんとかなりませんでした。出来あがったのはゲロ不味な未知の液体でした。あんなの飲めたもんじゃない。他の動物に与えてみたら白目になり頭を振り、泡を口の端につけ、終いには倒れて痙攣し出しましたよ。よくそんなの飲んで無事だったな私。

 という訳で、米という物を取りに行きたいと思います。久しぶりの下山です。少しばかりウキウキしています。


 ウキウキと下山したのは良いのですが、米というのがどういうもの中の分からない事に気付きました。何と言う事でしょう。私は知り合いという知り合いもいないので打つ手なしってやつです。あの本をくれた女性に聞いても良いのですが、確か人間と妖怪は敵対していると言っていました。妖怪である私がおいそれとその住み家に入るのは如何なものか。よってこの案も却下。

 なら山の食べ物を隅々まで調べるのも良いのですが、この山って広いんですよね。正直かったるい。一回、一周していたのですが、走っていたのにも関わらず日が昇るのを3回拝んだ気がします。そんな山を隅々まで? 現実味がありませんって。第一、米がどんなものか分からないんですから。

 という訳で、米なしで色々ごちゃごちゃやってみたいと思います。いやー、字の勉強といい、今回の事といい、私ってば結構執念深いのですかね?






 あれから何年たったでしょう? ただひたすらに山の幸をぶち込みまくって色々しましたが、どうも酒というのは未だに出来そうにありません。一回それっぽいのが出来たんですけどね。

 料理の本で言う所の『お芋』をぶち込んで色々やったらそれっぽい物が出来上がったのですが、私が求めていた物とは違うのですぐさま廃棄しました。結構おいしかったんですけどね。


 そんなこんなで今日も早速酒造りだと意気込み、いつだったか遠い昔に作った容量を多くしようと私の身長ぐらいの大きさの瓢箪があるのですが、その中の水を飲んだ時に違和感を感じました。

 何と言うか、喉に刺激を感じるのです。しかし、それを飲んだ瞬間体がポカポカと暖かくなり、とてもいい気分になりました。


(この症状は……まさか)


 試しに、随分と古くなってボロボロになった料理の本で調べていると、やはりこの症状は『酒』を飲んだ時に出る症状の様です。


(キターーーーーーー!!)


 何故だか分りませんが、私は酒の製造に成功したようです。本当に何故だか分かりませんが。

 試しに少し瓢箪を覗いてみると、中には赤っぽい肉の塊のような変な物がもぞもぞと動いていました。

 中から出してみると、その全貌が明らかになります。

 特徴としては変わりませんが、前につぶらな瞳と手が付いているのが見受けられます。そして、謎の液体をその体から留めなく出しているではありませんか。

 舐めてみると、それは正しく『酒』。酒の味でした。


「そうですか……あなたが……」


 私の願望を叶えてくれたのですね。

 私の願望を叶えてくれた謎の生命体を瓢箪の中に戻します。水がお酒に変わったところを考えると、どうやらあの生物は水を酒に変えてくれるらしいです。なんと素晴らしい夢のような生物でしょう。私は一生あの子を大切にします。例えわが身を盾にしてでも守り抜いてやります。生きていれば酒は飲めるのです。しかし、あの子が死んだら私は酒が飲めないのです。なんという依存した関係。まるで無職の子が親に寄生しているようではありませんか。


 ……早く自力で作れるようになろう。






 お酒問題が解決したようで実は全く解決していなかった事実が発覚してから数年の月日が経ちました。あくまで体感です。

 最近はどうやら山の外がきな臭くなっています。まあ、山から出ない私としてはあまり関係がないのですが。お酒があれば生きて行けます。


 外がきな臭くなったからと言って、別段何か変わる訳でもない。最近では欲しい時にご飯を食べてそれ以外の時間はもう何度読み返したのか分からない料理の本と、その他の本を読み耽っている。

 料理の本は、既に内容をすべて把握してしまった。おそらく材料がそろえば作れるだろう。材料がないので未だに煮たり焼いたりだが。最近では蒸すと言う事もやってみたが、味がそこまで無かったのですぐに辞めた。やはり調味料は欲しい。何処にあるか分からないけど。

 今読んでいるのは【これで安心妖怪対策!】という妖怪の私からしてみれば迷惑極まりない厄介な本です。

 しかし、自分以外妖怪というものを見た事がない私としましては、これだけが唯一、妖怪について知れる本なのです。読まない訳にはいかない。


 この本を読んで分かった事ですが、どうやら私は【鬼】という種族の様です。一番しっくりきたのがこれだったんです。

 怪力、角、酒豪。主な鬼の特徴はコレですが、うん、私に当てはまってますね。心を読んだり操ったりは出来ないようなので、これは私固有の物なのでしょう。

 能力の面で言ったら、私は【覚妖怪】です。ですが、能力以外の特徴が一致しないのでやはり私は【鬼】なのでしょう。


(鬼と言っても、実感湧きませんね)


 なにせ、今までまともに接した事があるのは遠い昔に少し雑談したあの女性だけです。それ以外は一人でずっとこの山で過ごしていました。

 別段、寂しいと思った事は無い。一人でいる事は当たり前で、何故その当たり前の事で寂しいと思うのか。当たり前なら寂しくもなんともない。

 私の能力は【心を操る程度の能力】。操る為に心有る存在を感知したりもできる、本に書いてあった言葉を借りるなら【レーダー】みたいなものです。その能力により、私の暮らす山より少し向こうの山に、色んな妖怪がいる事は知っています。妖怪と分かった理由は、普通に人間を食べていたからです。人間が共食いするのなら話は変わってきますが、まあ、そんな事はしないでしょう。あんなに群れている生き物なのです。共食いする意味がない。

 向こうの山には恐らく【鬼】もいるのでしょう。その他にも大勢妖怪がいるのでしょう。しかし、不思議とそれらに関わりたいとは思わない。否、思えない。まるで、群れるのを本能的に避けているような気さえします。いえ、実際に今までの私の行動を考えてみるに、避けているのでしょう。

 それは何故か。全く分からない。自分が妖怪だからか? それなら向こうの山の妖怪について説明が付かない。

 なら、自分が、特別なのか?


(・・・ハァ、不毛な考えですね。特別とかそうじゃないとか、別にどうでもいい)


 私は私。他がどうとか関係ない。今まで通り、自由に生きていきましょう。

 おそらく群れないのも、集団に束縛されるのが嫌なだけ。今はそう思っておきましょう。


(さて、口寂しいですし、何か適当に・・・ん?)


 考え事も終え、さて何を食べようかと腰を上げて顔を上げたら、山の中では決して見ることの出来ない【色】を見つけました。


「……」


 白。山では決して見る事の出来ない色です。


「……」


 ええ、認めましょう。初めはあまりに突然な事なので色で認識しましたが、それは紛れもなく私と同類の妖怪でした。

 私が始めそう認識したように、着ている服は白の着物。肌の色も白。髪の色も白。唯一色が違うのは、頭の米神から生えている二本の黒い角。

 性別はおそらく女性。着物を着ているのでよく分かりませんが、そこまで肉は付いていなく線は細いです。そして、その顔の表情は、驚いているのか少し目を見開いていますが、無表情です。


 そんな、同族の妖怪、つまり鬼が、私の目の前に現れました。


「……」


「……」


 ジッと、お互い見つめ合う。正直どうすればいいか分からない。こちとら数十年間言葉を喋れる生物との交流をしていないのです。何を話して言いか分かる筈がない。


「……」


「……ぃた」


「はい?」


 声があまりにも小さくて聞こえなかった。ボソボソと口を小さく動かすばかりで全く聞こえない。仕方なく、彼女の近くに寄り、その言葉を聞き取ろうとする。


「……喉、乾いた」


「……」


 とりあえず、瓢箪のお酒を無言であげてみました。







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