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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――メルカトル図法と消えたニュージーランド

作者: 小山らいか
掲載日:2026/04/21

 私は、フリーランスの校正者をしている。

「メルカトル図法を廃止せよ」

 朝、仕事前にネットを眺めていたら、こんな記事が目に留まった。西アフリカのトーゴが、今年9月に行われる国連総会にこんな決議案を提出するという。

 メルカトル図法の地図は、経線と緯線を直角に交差させ、方向(方位)を正確に保つという特徴をもつ。16世紀ごろ、航海に用いるために考えられたものだ。簡単に言うと、球体の地球の北と南に切り込みを入れ平らに伸ばしたようなもので、赤道付近は面積が小さくなり、高緯度にあるほど大きく見える。実際、この図法ではグリーンランドとアフリカ大陸が同じくらいの大きさに見えるが、実際はアフリカ大陸のほうが14倍も大きい。このように地図上の面積が小さく見えることで、アフリカが軽視される傾向が強まっている、というのがトーゴの主張だ。これにはアフリカ連合(AU)55か国も賛同しているという。

 以前、人気の観光地を紹介する本で地図の校正をしたことがあるが、非常に繊細で気を遣う仕事だった。そして、地図というと思い出すのは東京書籍の教科書の問題。2022年に採用された同社の「新高等地図」のなかに、1200か所に及ぶ訂正箇所が見つかったのだ。「ナミブ砂漠」が「ナビブ砂漠」、「ドレーク海峡」が「マゼラン海峡」、「プノンペン」が「ブノンペン」など、ふつうに校正作業をしていれば見落とすことがなさそうな誤植がいくつもあったという。当時このニュースを目にしたときには、背筋に冷たいものが走った。もし、自分がこの本の校正作業に携わっていたとしたら……。結局、この「新高等地図」は2026年度に廃刊となった。

 この件はある新聞のオンライン記事で確認したのだが、そこにはもうひとつ、「スリジャヤワルダナプラコッテ」が「スリジャヤワルダナブラコッテ」になっていた、とあった。スリランカの首都だ。国際空港のある主要都市はコロンボなのだが、首都はこちら。「ブノンペン」は論外としても、この誤植はなかなか厳しいよなあ、と思いふと検索してみると、ちょっとちがう表記も見られる。あれ、正しくはどうだったっけ? 外務省のHPには「スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテ」とあった。・(中黒)が2か所入っている。スリランカ観光開発庁のHPもしかり。気になってもう少し検索すると、こんな驚きの表記が。

「ETAを発行する機関は()()コロンボの出入国管理局に置かれています」

 スリランカ民主社会主義共和国出入国管理局のHPだ。ん? 首都はどこに? スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテは1985年に遷都された新しい首都だという。さすがに、この長い名前を打つのも疲れてきたので、この話題はこのあたりでやめておく。

 ちなみに、日本でよく見る世界地図は右にアメリカ大陸、左にヨーロッパ・アフリカ大陸が配置されている。ユーラシア大陸が真ん中で、日本の下のほう、南半球にはオーストラリア、ニュージーランドがある。これに対し、欧米では経度0線を中心とした地図が主流だ。この場合、ヨーロッパ大陸とアフリカ大陸が真ん中に来る。

 この地図において、ある悲劇が起こった。

 ヨーロッパやアフリカを中心に据えた地図では、ニュージーランドは右端にくる。紙面の端ぎりぎりの位置だ。ところが、オンラインのフォトライブラリーや、世界チェーンのカフェの壁、有名な観光地の看板などで、ニュージーランドが描かれていない地図が複数見られたという。ニュージーランドは忽然と消えてしまったのだ。

 この事態を打開すべく、ニュージーランド政府観光局が動いた。あるキャンペーンを打ち出したのだ。世界のさまざまな地図にニュージーランドが掲載されていないことやその背景を調査する様子を、ニュージーランドのアーダーン元首相と、ニュージーランド出身のコメディアンが紹介する動画を発信した。そのなかではこの事件を「月面着陸とネッシーを合わせたよりも」大きな問題だとし、「オーストラリアが(魅力あふれる)ニュージーランドへの観光客を奪おうとしている」「イギリスが(圧倒的な強さを誇る)『オールブラックス』を追い払おうとしている」とまくし立てる。そして動画は「#getNZonthemap ニュージーランドを世界地図に載せよう」というひと言で締めくくられる。地図から消された、という自虐ネタを逆手にとって、さりげなく自国をアピールすることも忘れない。何とも粋な演出だ。2018年に発信されたものだが、いまでもYouTubeで見られる。

 地図は知らない場所へ行くのに便利だが、アフリカ大陸やニュージーランドのようにその存在を主張するという側面も持つ。観光ガイドのように見ているだけで幸せになれるものもある。いまでは携帯のナビ機能などもあり便利だが、紙の地図もまた捨てがたい。

 事務所の校正者が、ある出版社へ行くのにいつもより短時間で行ける経路を発見したと、印刷した地図を見せてくれた。以前より少し歩くが、確かにこのほうが面倒な地下鉄の乗り換えがなくて便利だ(いままでは乗り換えで途方もなく地下に潜る路線を使っていた)。

 その出版社への納品で、さっそく新しい経路を使ってみた。地下鉄の出口を出て、右へ。あれ? 何か地図と違う。工事中の区画があり方向がわからない。急に不安になり、やみくもに歩きだす。はい、そうです。私は「地図が読めない女」。地図は必ず回す。ナビ機能も使いこなせない。そういえば、昔『話を聞かない男、地図が読めない女』なんて本があったな。男女の脳の機能の違いだとか。いや、これは単なる本人の適性の問題か?


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― 新着の感想 ―
あらら、時事ネタですね。 このネタってまず、地図のイチ表現方法でしかないメルカトル図法を『廃止せよっ!』ってとこからして論点がずれてる気がします。 だってメルカトル図法を廃止したって、それでアフリカ…
地図の名前難しそうです。スリジャワワルダナプラコッテ、なんだか懐く思いました。世界一長い名前の首都でしたよね(スマホの変換予測、なぜか「ワル」の部分が「悪」推しでした・笑)。 地図からなくなるって大変…
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