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数歩後ろから背中にナイフを突きつけられ、先導されるがまま歩き続ける。既に集落は抜け出て、辺りには手つかずの雑木林が広がっている。そんな森の奥に小さな山小屋があった。丸太を組み合わせた粗雑な造りだが、ゴブリンの住居よりは幾分かしっかりしている。
彼らは僕たちを小屋の中に入るよう促し、大柄なオルグがそれに続いた。残る中くらいの2匹も小屋に入ろうと身をかがめると、大柄な方がそれを制する。
「お前たちは外の見回りでもしていろ」
「オイオイそりゃないぜ。今からがお楽しみだろ!?」
「独り占めかぁ?結局お前が殺しちまうのかよ」
「序列を忘れたか。口ごたえするな、さっさといけ」
彼がきつく目をとがらせると、2匹は愚痴を垂れながらも納得したようだった。
「いちいち言わなくても分かってんよ……」
「喰うなら少しは残しとけよ!」
俺、女の方希望な!片方がそう付け加えると、2匹は踵をかえして森の中へ消えてった。
小屋に残ったのは、僕たち2人と1匹のオルグ。天井まで届きそうな背丈に、丸太のような腕。薄い体毛の下には硬い筋肉がみっちり詰まっているのが分かる。
「なぜ彼らを帰した……?人間2人くらい、余裕だと思っているのか?」
師匠は彼から目を離さない。
「黙れ女」
オルグは言葉を遮ると、しばらく沈黙した。そうして次に彼から発せられた言葉は、意外なものだった。
「……お前らニンゲンは、治癒の魔法が使えると聞いた。本当か」
──治癒の魔法。戦時中、魔族と違って体の脆い人間が、戦場に早く復帰することを目的に開発された魔法の1つ。魔法は先天的な才覚に左右される部分が多いので、僕には使えない。だが師匠は簡単な治癒なら使えたはずだ。
そんな師匠が彼の問に答える。
「ああ、本当だ」
再度沈黙が流れる。
「……俺の息子が病に犯されてる。それを治せ」
「何……?」
師匠は目を丸くする。当然、驚きもする。ついさっきまで僕たちを殺そうと敵意を向けてきたヤツから出る言葉ではない。
驚きと疑いの目を向ける僕たちを尻目に、彼は部屋の隅にある薄い扉をギィと開けた。中には子供用のベッドがあった。そこに横たわっているのは小さなオルグ。短く丸い牙に、まだ発達しきっていない柔らかな筋肉。人間にしてみれば5,6歳ほどの幼さだ。
火照った小さな顔が汗に濡れ、荒く息を吐いている。
オルグはベッドへと近寄り、子供の服をまくってみせた。痩せて沈んだ腹部には、確認できるだけでも数十の大きな腫瘍が広がっていた。
それを見た師匠は、いつになく真剣な表情で言った。
「ひどい。いつからこの状態になった」
「さあ。数えてねぇな」
彼はまくっていた服を戻すと、子供の汗を指でぬぐった。
「……医者には見せたのか?」
「医者だと?そんなヤツいるものか。まずもって、俺らは病気にかからん。……だから誰も対処方を知らん」
それで、と彼は続ける。
「治せるのか、治せないのか、どっちだ」
鬼の形相で師匠をにらむ。弱みとも言える自らの子供を人間に晒したからだろう。ずんと佇んだ体から、とてつもない警戒心と敵意がにじみ出ている。
そんなオルグにひるむことなく、師匠は言った。
「すまないが治せない。治癒の魔法は外傷には有効だが、病の治療はできない」
「……そうか、ならば死ね」
彼は棚の上に置いてあった、刃渡りの長いナイフを取り上げて、振りかぶる。
だが、と師匠が続けた。ナイフが宙でピタッと止まる。
「この症状、人間界でも見たことがある。放置すれば死に至るが、薬草を飲ませれば簡単に解毒できる。その薬草も旅の道中で幾度となく見かけた、おそらくこの森にも自生してるだろう」
「嘘じゃないだろうな」
オルグは再び師匠をにらみつけた。
「ああ。すぐにでも取りに行こう」
そう言う師匠に対して、オルグは腕組をして、しばらく考え込んだ。
「……ダメだ。お前は俺と共にここに残れ。薬草を取りに行くのはこの小僧だけだ」
ナイフの先で僕を示す。
「日没までにお前が戻ってこなければ、嘘とみなしてこの女を殺す」
「……ライリー」
師匠が葛藤している様子を見るのは初めてだった。
その葛藤は自分の命を天秤にかけているのではない。このまま僕を逃がすべきか、それともこのオルグの子供を見殺しにするかを秤にかけているのだ。どこまでもお人好しな人だった。
「大丈夫です、師匠。僕にも薬草の知識はあります。すぐに採ってきますので、待っててください」
「……すまない、ライリー」
「ぐずぐずするな。さっさと行け」
オルグは師匠の喉元にナイフを突きつけて、僕を急かした。
師匠に向けて精一杯目線を送り、山小屋を飛び出す。
すぐに助けますからね、師匠。そう決意を結び、薄暗い森へと走り出した。




