44ページ目-エピローグ-
「エルヴィアと商会の会長に直談判してきたんだが、取り扱ってくれるってさ!」
師匠は玄関の扉を騒々しく開け放ち、満面の笑みで帰ってきた。その扉をそっと閉めながらエルヴィアも続く。
「やっぱり交渉事は師匠たちの方が向いてますね。お疲れ様です。2人ともお腹すいてるでしょう、ご飯できてますから」
「ほんと!? 人間界のご飯ってもうおいしくておいしくて!」
エルヴィアは小走りして机に座った。
僕らは今、人間界のかつて住んでいた場所に戻ってきていた。久しぶりの帰宅だったが、数週間も過ごせば懐かしいという感覚はすぐに消えた。
何故帰ってきたかと言うと、ペンダントがこれ以上反応しなくなったからだ。それは目的の達成を意味していた。そうして手に入れた1冊の本。
──あの本は、“予言の書”であった。もう少し正しく言えば、“予言の書”と解釈した。解釈、と言うのは、文章の内容が難解で釈然としない箇所が多かったからである。
全部で4章構成になっていて、そのうちの第1章には警告の意味合いが色濃く出ていた。いずれ人と魔族の間に大規模な厄災が起こる、そういう文章が詩的に表現されている。
続く第2章ではその厄災について。あの魔導書に書いてあった呪いが、各地で発生することになるらしい。
第3章ではその防ぎ方。そして4章にあたる部分では──
「いただきます!」
エルヴィアが元気よく手を合わせてから、箸をつかんだ。もうすっかり箸の扱いにも慣れてきたようで、小さな豆でも自在に口に放り込んでいく。
「厄災を防ぐって、本当にこのやり方で合ってるんですかね。もっと神秘的な儀式とかが必要なんじゃないですか」
「本にはそう書いてあったからねぇ。やってみるしかないよ」
厄災の防ぎ方。それは“人と魔族が互いを理解し合うこと”であった。共に暮らすとまでは言わないが、差別や争いごとにまで発展するような状態を回避せよ、と。
そして問題の第4章。相互理解のためには──この物語を本にして頒布せよと記述してあった。そこに書かれていた“この物語”とは
「だってあれ、僕が旅の記録にと書いてたやつじゃないですか!そんなもの配っても何にもなりませんよ!」
「いいじゃない、違ってても。私はあの物語好きだけどね」
エルヴィアは大皿に手を伸ばしながら言った。
やっぱり釈然としない!
あれから人間界に戻って、物好きな編集者を探し出し、あのメモ書きを一冊の本に仕立ててもらった。編集者の腕が良かったのか、物語として読める位の出来にはなったものの……。
「そうだぞ。事実、商会も本を売るって約束してくれたし。えらく気に入ってたよ、会長さん」
「せいぜい奇書として扱われるのがオチでしょね。何人があの物語を真に受けるか」
「それでもいいんだよ、きっと。これで魔族に興味を持つ人が少しでも増えればね」
「そういうもんですかねぇ……」
全員が全員、師匠みたいに物好きじゃない。
「ああ、美味しかった! 私、お風呂入りたいから薪焚いてくるわね。ホント人間界って最高! お風呂なんて至高の発明ね」
相変わらずエルヴィアは食べるのが早い……。彼女はそうそうに自分の食器を重ねた後、野外に置いてある薪置き場へと向かった。
「そもそも、人類史がひっくりかえるほどの情報なんて最初から無かったんじゃ……。師匠、もしかして知ってました?」
「えっ。いやぁ、騙したわけじゃないんだけどね……」
師匠は頭をポリポリと掻いた。
大きく息を吸って、吐く。まだ僕は師匠の記憶に関して、聞けていなかった。でも、もうそろそろ教えてくれてもいい頃だろう。
「実は、知の泉で師匠の記憶を見たんです。幼い師匠が、前線で兵士を看病している姿を。そしてその兵士は、僕の父でした……。今まで言うタイミングが無くて。黙っててすみません」
師匠はそれを聞くと、唇をきゅっと噛んだ。目線を少し下げて、虚空を見つめる。そうしてついに、口を開いた。
「……知ってたんだね。そう、私は治癒魔法が使えるのを軍に買われて、前線の看護施設で働いていた。日々運ばれてくる兵士は重傷者ばかりでね。とても私の手には負えなかった。ある日そこで出会ったのが、君の父親だ」
師匠の顔は物悲しく、その過去をしゃべらせていることに後悔の念が芽生えてくる。
「彼は私にペンダントと1枚のメモを渡して、すぐに息を引き取った。戦争が終結したのは、それから間もない頃だった。私は難民保護区へ向かい、そこで幼い君を発見した。母親はもういなかった。だから私がこの子を支えなくちゃって、思ったんだ」
遠い記憶。人であふれかえる保護区。戦争で家を失った人たちが集まる場。戦争が終結してからは、親戚の家に引き取られていったり、兵士の帰還と共に新たな住居を求めて旅立っていく人が大半だった。
僕はその中を毎日、1人でほっつき歩いてた。物心つく前の話だ。家族がどこにいるのかも、そもそも迎えが来るのかも、分からなかった。そんな時、唯一僕の手を引いてくれたのが、師匠である。
「メモにはこう書いてあった。“このペンダントが示す魔界の先に、わが一族が取得しなければならない本がある。私も、父も、祖父も、それはできなかった。それが何なのかさえ知ることができなかった。だから無理するな”ってね。短い文章だから、最初は私も理解できなかった」
師匠は、今度はまっすぐ僕の目を見据える。
「でも私がそれを見届けたいと思った。だから君に“人類史がひっくり返るほどの情報”が入った本があるなんて言って、魔界に連れて行った。……なんで嘘なんかついたんだろうね。君が渋るのを危惧してたからかな。最低だね……」
「……そんなこと、知っても知らなくても、僕は師匠についていきましたよ。話してくれてありがとうございます。でも師匠は僕の家族なんですから、次似たようなことが合っても、もう正直に言ってくださいよ」
そっと立ち上がって、師匠の頭を抱きしめる。こんな事、今までしたことも無かったが、彼女はそっと頭を預けた。
「えっ。何してんの2人で……。食後の作法にそんなのあったかしら……?」
エルヴィアが薪を抱えて帰ってきた。
「何でもないよ。さ、お風呂沸かそうか! 火起こすの手伝うよ」
「まあいいわ。今日もアツアツのお湯にするわよ!」
エルヴィアの腕から薪をいくつか取り、2人で風呂釜の方まで向かう。
「……大人になったね」
師匠の口から出た言葉は、僕の耳には届かなかった。




