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「まずは本当にありがとう……。君たちが娘を助けてくれたんだろう?」
ラディウスは地に着きそうなほど頭を下げた
「もう、いいってそんなこと。こうしてみんな無事なんだしさ」
師匠は彼の頭をそっと上に挙げる。
「聖人とはこのことを言うんだろうな……」
「それよりラディウスって、どこまでこの事件について知ってるの?」
「世間では全て紅拝教の仕業ってことになってるが、被害者にはあるほんの少しだけ情報が渡されてる。……言っていいよな?」
ラディウスは壁に寄りかかった上官に訪ねた。上官は目を伏せて小さくうなずく。
「紅拝教がコア復活を企て、それを阻止したのが君たちだ。その結果コアは爆発してしまったんだが、代わりに生贄として利用されかけてた娘が救われた」
「ああ、その通りだよ」
僕はは頷く。
「ねえライリー。あの時何があったかもっと詳しく教えてよ。私、身体が動くようになった後一目散に塔まで飛んで行って、ライリーが戦ってる人に突っ込んでいっただけだから、どうなってたかよく知らないのよね」
エルヴィアがセラと戯れながら尋ねる。
「えっと、黒マントの集団が塔の入り口を占領してて、なんとか頂上までたどり着いたんだけど、僕はやられちゃって、そこにエルヴィアが助けに来て……」
「それで、儀式を止めるために自分の身をコアに投げ込んだと」
師匠が僕の目を見ていった。
「コアに……!?」
エルヴィアとラディウスの目が見開かれる。
「まったく、なんて危険なことをするんだ。どうしてか助かったから良かったものを……」
「師匠は自分の命は顧みないくせに、僕が似たようなことすると怒りますよね」
「……いいじゃん! 別に!」
半ば開き直った風な口調の師匠に、エルヴィアはくすりと笑った。
「それより、エルヴィアもありがとう。あの一瞬の隙のおかげで儀式を止められた」
「ふふん。始めはあっけなくやられた私でも、一矢報いることができたってわけね!」
誇らしげにふんぞり返るエルヴィア。
「君たちは本当に凄いな。何かお礼を……あ、そうだ、お腹はすいているかい? 吹雪が収まってから食料の流通も途端に増えてね! すぐに食事の準備をしよう。たらふく食べてくれ」
「本当か! 実はペコペコなんだ。あそこで出されるご飯はちょっと少なくて……」
師匠はお腹をさする。すぐ近くにその責任者みたいな人がいるのだが、幸い上官は何も気にしていないようだった。
ラディウスはそれを聞くと台所に飛び込んでいった。カラだった薪置き場に新品の薪がぎっしりと補充されている。彼はそれを数本取り出して竈に放り込んだ。
パチパチと生木の燃える音が聞こえてくる。
コアの消滅。それはこの国のシンボルが無くなったに等しい。僕は国の要のエネルギーに加えて、人々の精神的支柱まで奪ってしまったのではないだろうか。
政府の対応策というのがどんなものか分からないが、コアがあった時のようにはいかないだろう。もしまた猛吹雪に見舞われたら、どれくらいの被害が出るんだろうか。その時人々は、コアがあれば、と思うのかもしれない。
僕の行いは、正しかったのだろうか。未だにそんなことを考えてしまう。
そんな僕を横目に、元気の有り余ったセラがエルヴィアに押し相撲をけしかける。不意を突かれたエルヴィアは体制を崩すも、腕をパタパタ動かして何とか持ちこたえる。彼女はやったなあ、と言いながら軽くセラの頭を小突くと、負けじとセラもそれに応戦した。
きゃっきゃと響く嬌声。
ついにセラは僕や師匠まで巻き込んで、家の中で走り回った。
「セラ、ちょっと盛り付け手伝ってくれ!」
台所からラディウスの声が届く。セラはそれを聞くと、勝負をほっぽり出して彼の元へ、とてとて歩いていった。
「私も手伝うよ、ラディウス」
師匠もそれに続く。
あっという間に豪勢な食事が机に並んだ。
イモと干し肉の炒め合わせ、つやつやとした赤い実のサラダ、クリーム状のスープ、うっすら焦げ目のついたパンととろけたチーズ……。他にもおいしそうな料理が湯気を登らせながら次々と運ばれてくる。
「さあ!遠慮なく食べてくれ」
全員が席に着く。ちゃんとしたこの国の料理を食べるのはこれが初めてだった。
彼の好意に甘えて、炒め合わせを口に運ぶ。素材のたんぱくさが濃い目の味付けと胡椒のおかげでひき立っている。すごい、料理も人間の舌にばっちり合う。
魔界に住むならどこがいい、という人間界では絶対に聞かれなさそうな質問に対する答えは、この国アズラトゥルで決定だろう。
僕らは久しぶりのまともな食事に夢中になって食べ進めた。セラもそれに負けないくらいの食いっぷりだった。
明るい食卓にそれだけで心が満たされる。色々な話に花を咲かせながら食事を進めていると、あれだけあった料理がなくなるのも時間の問題だった。
食事を終え、食器を片付ける。何度か手伝ったこの行為も、これが最後だと思うと物寂しい。
ふと壁の方に目をやると、ほったらかしになっていた上官がさすがに疲れた様子で、いい加減早くしろ、と無言の訴えを飛ばしてきた。
陽が沈む少し前。荷物をまとめはじめる。
「おねえちゃんたち、いっちゃうの?」
セラは荷造りをしているエルヴィアの袖を引っ張った。
「……うん。ホントはもうちょっと居たかったけどね」
「そうなんだ……。ちょっと待ってて!」
セラは部屋の奥へ走っていき、何かを抱えて戻ってきた。彼女の腕の中にあったのは、小さな3つのぬいぐるみだった。どれも歪な形をしていたが、毛糸の髪の毛から覗く、角の無い額を見れば、それが僕らを表していることはすぐに分かった。
「これつくったの……あげる!」
セラは手のひらサイズのぬいぐるみを1つ、エルヴィアに手渡した。
「すごい、とても上手ね……! 自分で作ったの?」
「おとうさんと一緒に作った!」
今度は師匠に灰色髪の方を、そして次に僕の元へとやってきて、短髪の方を手渡す。
「本当によくできてる……ありがとう。一生大切にするよ」
僕は彼女の目線までかがで伝える。それにセラは満面の笑みを返してくれた。
「……そろそろ時間だ。さすがにもう待てないぞ」
上官が口をはさむ。
「分かった。こんなに猶予をくれて感謝する」
師匠の言葉に、上官はただただ顔をそむけた。
帽子をかぶって、大きくなったバッグを背負う。玄関を開けると、明るい日の光が差し込んできた。風は凪いでいて、静けさに満ちている。
「じゃあね、ラディウス。お世話になった」
僕たちを代表して、師匠が言った。
「とんでもない。こちらこそだ。大したお礼もできなくてすまない」
「また会える?」
セラが言った。
「……うん。きっとまた会える。次はセラちゃんが街を案内してくれ」
国外追放である僕らが、もう簡単に入国できないということは、セラ以外の全員が理解していた。それでも次がある、と言うのは彼女のためだろうか。こんなやり取りも、上官は何も言わずに見守っていた。
「じゃあね。またいつか! お元気で!」
師匠と一緒に歩き出す。ラディウスはセラが遠くまで見えるようにと、彼女を抱きかかえながら手を振っていた。
別れというのは何度か体験しているが、いつまでも慣れることはない。でも案外あっさりしている方が未練なく済むというのが経験則だ。だから僕たちは振り返るのもそこそこに、街の外へと歩き出す。
整備された石畳が段々と荒れていく。建物は減り、代わりに木々が増えてくる。ついには雑木林となって、そこすらも抜けると、辺りには一面の草原が広がっていた。この国に来たときは雪が積もっていたから、それと比べると別世界のようだ。
ここまで僕たちを連れて来た上官がくるりと振り返る。
「この辺でいいだろう。コレを自分で首に結べ」
そう言って、彼は3本の紐を取り出した。見た目はミサンガのようだが、表面が解読不能な文字でびっしり埋め尽くされている。僕たちは言われるがまま紐を首に結ぶ。1つ結びで締めると、結び目が溶けて融合した。
「よし、全員結んだな。それでは、今後この国に近づくことを禁止する。もし無理に入国しようとしたり、紐を無理矢理ちぎろうとしたら、逆に紐が君たちを絞め殺す。そういう魔法が掛けてある」
えっ、恐ろしすぎるんですけど。顔が引きつる。
「……そのくらい当然だろう。まあ最後まで聞け。紐の効力は持って数年。それ以降は入国しても我々に感知する手段はない、とだけ言っておこう。優しい方の国外追放で良かったな」
「厳しい方があるのか……」
「君らは知る必要は無いな。分かったらサッサと行ってしまえ。俺はまだまだ後処理の仕事があるんだからな」
「ふふ……。最後までありがとう。それじゃあ」
僕らが歩き出したのを確認した後、上官は振り返ることなく雑木林へと姿を消していった。
さあ、また旅の再開だ。気持ちを新たにしようと思ったとき。
……次は一体どこへ。そういえば、ペンダントが光っていない。今までは本を見つけたらそこで別の国へと光が指示していたはずだ。それが今回は、沈黙を保っている。
「どうしましょう。ペンダントが……」
「本当だ。おかしいね……?」
師匠は僕のペンダントに触れて、日にかざしたり、振ったりした。しかし何も起こらない。
「それじゃあ、目的の本はもう手に入ったってことじゃないのかしら?」
「そんなはずは……」
そう言えば、今回僕が入手した本の中身をまだ見ていなかった。でも軍の検閲で問題なしとの判断が下されたということは、彼らにとってはそんなに貴重な物でもないという訳だ。
バッグの底に手を突っ込んで、革張りの本を取り出す。パラパラとページをめくってみるが、そこに書かれていたのは特に何の変哲もない文章だった。
「人間界が舞台の、古めの物語のようです。いくつかの国について体験記のような口調で書いてあります。特に気になるところは……」
「ちょっと貸してくれ」
僕が師匠に本を渡すと、彼女も真剣な顔でそれを読み込んだ。
「確かに、人間界に実在する国だね。昔の街並みとか食事風景とかが細かく描写されてる。そういう意味では歴史書とも言えるかも」
「ふうん、私にもちょっと読ませて!」
エルヴィアは、僕たちよりさらに時間をかけてその本に目を通す。
「へーっ!人間界ってこんな感じなのね。私初めて見たから、ちょっとワクワクしちゃう」
エルヴィアは目をキラキラさせながらページをめくっている。
彼女のふるまいを見て、前提が間違っていたことに気付く。
これは人間に読まれるために書かれた本ではない。そうだ、これは魔界の本なんだから、そう考えるのが普通。じゃあ誰のためにと言われると、魔族のためってことになる。
魔族が人間界を知るための本……?
「なあライリー。今まで入手した本、全部だしてもらってもいいかい」
師匠は何かを考えているようだった。草原の上に座り込み、バッグを広げる。
底の方から、3冊の本を取り出す。オルグの集落の“白紙の本”、エントの集落の“農業指南書”、バフォルグの街の“呪いの魔導書”。
師匠は今回の“人間界の物語”と合わせて計4つの本を地面に並べる。その時だった。
本が空中でくるくると回転し始める。いくつもの文章がページから浮き出してきて、蛇のようになって合わさっていく。そうして一瞬の閃光の後、1冊の本だけがその場に残った。
僕はその本に見覚えがあった。知の泉で見た、謎の男が手に持っていた本と同じだ。
「ずっとおかしいと思ってた。ペンダントは最初から1つの本しか示してなかったんだ」
師匠は息をのんだ。
「じゃあこれは……」
高鳴る胸を押さえて、ページを開く──。




