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コアは子供たちの何を吸収するのか。魔力であれば、他にもっと効率の良い方法があるはずだ。未知の儀式、それに魔法の知識にも乏しい僕だから、詳しいことは分からない。でもわざわざ子供を使うのには何か理由があるはずだ。例えば子供の純粋な魂が必要だとか……。
「なっ……! それが何になるっ……!」
目を丸くさせた男が視界の端に映る。まさか身投げをしてまで儀式を止めようとするなんて、思いもよらなかったらしい。そうして瞬時に赤い炎が僕の全身を覆う。
いろんな不安や葛藤を溜め込んだ僕の魂は、儀式にとって不純物そのもの。それを無理矢理コアに食わせて、儀式を乱す。
コアは異物を吐き出そうとさらに炎を荒れ狂わせた。火炎が飛び散り、花火のように爆発する。
男も僕を取り出そうといくつかの魔法を放ったが、全て炎の壁にさえぎられて消える。
「もういいっ……。そのまま飲み込まれるだけだっ!」
彼の言う通り、儀式は未だ止まらない。
灼けていく身体を他人ごとのように感じながら、僕は再度自分に問う。
これは正しい選択なのか。無為に儀式を邪魔することが、良い選択とは思えない。例え儀式を止められたとしても、それはこの国を滅ぼすことに繋がるのではないか。元はといえばこの国の問題。それを部外者が邪魔する道理は無い。
はぁ……。魔界を旅する前の僕だったら、こんなことで悩む必要も無かったのに。人間界の国ならいざ知らず、こうして魔界の国にまで首を突っ込んでしまったのはやはり間違いだったのかもしれない。魔界のことを知らなければ、魔族の残虐性を認めて、こんな儀式も彼らにとっては必要な犠牲だった、で済んでいただろう。
でも、今までの旅で僕は理解してしまっている。彼らの考え方やその行動の本質はあまり人間と変わらないということを。
じゃあもう、目の前の犠牲を助けずにはいられない……。
師匠の甘い考えが僕にも移った。
──閉ざされていた蓋が開く。
身体がコアよりも熱い灼熱の炎で包まれる。赤く閉ざされた視界を、さらに濃い赤が覆う。莫大な魔力が僕の身体から溢れ出る。すべてを焼き尽くさんとする炎が、コアの炎と融合して、大きな塊となって急激に肥大していく。
これは……バフォルグの国でもらい、トリトニアンの村で解読してもらった、あの魔法。僕の魂に刻まれたあの呪いじみた魔法が、外殻を失って溢れ出た……!!
「えっ──」
もはや儀式の完了を確信していた男は、そんな状況を理解する間もなく炎に飲み込まれる。その時だった。
「ライリーっ!!無事かっ!何が起きてるっ!!」
コアの中に強引に師匠が入ってくる。白く細い身体はあっという間に焼けて黒く変わる。
──師匠!?下を突破したのか……!?
「手を……!! 手をつかめっ!」
師匠の必死の叫びは、分厚い炎の壁に呑まれていく。
「死ぬなっ! 戻れっ! 君に先立たれたら、私はっ……!」
かすかに保った意識の中で、彼女の泣きそうな声がこだまする。
……師匠はいつからこんなにも涙もろくなったのだろう。いや、本当の性格はこうなのかもしれない
僕は以前、彼女の狂気的なまでのお人好しさに、何か心に刺さったトゲがあるのかもしれないと思った。あの記憶を見た今なら分かるかもしれない。彼女は目の前の命が失われるのが怖いんだ。戦争の前線という地獄のような環境で、きっと大勢の死を見て来たんだろう。
戦争の兵士と僕の今の行為は、似通っている。兵士は国や家族のため、僕はセラや子供たちのため、どちらも他者のために命を投げだしている行為だ。自分一人のためだと、こうまで必死になることはできない。
でもまさか魔族のために死ぬことになるとは思わなかった。でも、それでいい。誰かのために死ぬなんて、無駄死にするよりよっぽどいい。
だから、すみません、師匠。僕は魔族のために、セラのために命を賭けます。
心の中で紡いだ言葉は声にはならない。力を振り絞って、師匠を炎の外へ押し出す。
火球はさらに膨らみ続ける。もはや屋上一体を飲み込み、すべてを覆い尽くした後も、止まらない。
そうしてついに、風船を割ったみたいにはじけ飛ぶ。
熱風が天に登り、分厚い雲を薙ぎ払う。それは国中に、そしてその外にまで伝わり、荒れ狂った吹雪までもををあっというまに消し去る。
雲一つない青々とした空から、コアの消えた屋上へ眩しいほどの陽光が降り注ぐ。
ふと、僕はまだ意識があることに気付く。泣き虫な師匠の顔。近くで見るのも何度目か。疲労感はあるが痛みは感じない。痛覚まで焼け焦げてしまったのかと思ったが、身体はなんの損傷も負っていなかった。代わりに右手に掴んでいるものが1つ。
「本……?」
分厚く、革張りの表紙には何も書かれていない。この本、幻覚で見た本と同じだ……。
階段を駆け上る大量の足音。門での戦いを制し、師匠に追いついた衛兵たちが、屋上になだれ込んできた。
「確保っ……!確保っ!!」
誰かの合図で、僕たちはすぐに衛兵たちに囲まれて、後ろ手に麻縄を巻かれて拘束された。
押し寄せる衛兵たちの隙間から、セラたちが見える。元いた位置からはだいぶ遠くに吹き飛ばされているが、彼女にも傷はなく、まだすやすやと眠っているようだった。




