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穴だらけの壁から朝日が漏れ出す。硬い石の上で寝たせいか、全身が痛む。
「おはようライリー。今日こそはあの商店街に行ってみたいんだが、どうかな?もしかしたら本の手がかりぐらいはあるかもしれない」
元気の良い師匠の声。長く灰色の髪を手櫛で梳かしている。
「だから、どうやって買うんですか……」
まだ眠い目をこすりながら訴える。
「クラッジィが恵んでくれてな。君のバイト代だそうだ」
師匠は銅色に光る硬貨を指でつまんだ。中心には独特な紋様が刻まれている。
「魔界にもバイトってあるんですね……」
そりゃあ、あるだろう、と師匠は笑う。
「それと僕は商店街に行くなんて反対ですけど、師匠はその程度いつも押し切るでしょう」
「わはは、違いない。いつも迷惑かけてすまないな」
その自覚があるなら、たまには折れてくれよ。まあついていくんですけど。
昨日の隙間道をさかのぼると、またガヤガヤと雑多な音が聞こえてきた。視界が開けるとすぐに、あのカオスな商店街が現れる。相変わらず用途不明の物がたくさんだ。
「やっぱりいいなぁ!活気に溢れてるよ、ここは!」
「それで、どうするんですか?ヘンテコな彫像でも買う気じゃないでしょうね」
「……ダメ?」
師匠は頭の後ろに手をやる。
「……せめて旅の用品を揃えましょう。全部オルグに盗られたんですし」
要望が却下されてうなだれる師匠を引き連れ、路地裏から露店を見回る。外套で顔を隠しているとはいえ、道の真ん中で堂々としているわけにはいかない。
「お、あの布なんて寝袋に使えそうじゃないか?」
師匠が指差しした露店の軒先には、大きくて暖かそうな布が干されていた。
店番をしているのは、大木のような腕を持つオルグ。白が混ざった無精ひげをさすりながら、写真に目を落としている。そこにはメスであろうオルグがセクシーなポーズを披露していた。
「この布、いくら?」
店の前に立った師匠は精一杯声を低くして店主に尋ねる。
「……余所モンか。なら200だな」
店番は顔をチラリとも上げずに答える。同族ではないと察されているが、人間だとは気づいていないようだ。
師匠は懐から数枚の銅貨を取り出すと、これで足りるだろうか、と言ってポンと差し出した。
店番は、今度は銅貨の方だけをチラリと見降ろし、サッと取って机の下にしまった
「もうこれって交渉成立でいいのかな」
師匠は僕に耳打ちする。
「いいんじゃないですかね、お金も持ってかれちゃったし」
お目当ての布を手に取ると、そそくさと路地裏に戻った。
「案外すんなりいきましたね……」
「肌触りも最高だ」
師匠は布に向かって猫みたいに頬を摺り寄せる。
しかしこの布、別々の布同士を縫い合わせているようで所々にツギハギがある。1枚1枚の布は小さく、丸みを帯びた台形をしている。縁には3か所穴があって……そういやこの形、どこかで見覚えが。
──あ。
閃きたくないことを、閃いてしまった。
「師匠、その布、パンツの集合体ですよ……」
「うぇ!?」
師匠は布をあわてて顔から遠ざける。落とさなかっただけマシかもしれない。
「古着のブリーフを縫い合わせてるみたいです。ほら、所々にシミみたいなものも……」
「やめろ、それ以上言うな!……なんでそんな肌ざわりの良いパンツ履いてんだ!」
師匠は謎の文句を言う。
いや、本来の用途なんだよコレ……。
◇◇◇
3、4時間ほど露店を巡り歩いた結果、なんとか買い物は順調に進んだ。人気のない場所に絞ったり、案の定ヘンテコな彫像を買おうとする師匠をなだめたりしていたから、かなり時間がかかってしまった。
「バッグ、ランプ、ナイフ、ロープ、……。無害そうな携帯食まで買えたのは幸運でしたね。本はともかく、手掛かりも見つけられませんでしたが」
「ライリー……。君は買い物する時、寄り道しないタイプだろ」
当たり前だ。むしろどれだけ素早く目当てのものを買えるかが勝負だと思っている。
女の子と買い物行ったら苦労するぞ、なんてブツブツ言う師匠に構うことなく荷物をまとめる。
「これからどうしますか?」
「そうだ、今朝クラッジィにとある場所を教えてもらってね。ついてきてくれるだろ?」
師匠は親指を立てて後ろに振る。
しぶしぶですよ、しぶしぶ。
段々と風が強くなってきた。そんな強風に乗ってきた雲が太陽を覆い隠す。方角的に、この雲は人間界から来たんだろうか。
「確かこの辺なんだが……」
雲にすら想いを馳せる僕を尻目に、師匠は顔をキョロキョロとさせた。
集落の中心部からえらく離れた場所、閑散とした空き地だ。所々に背の高い雑草が生い茂っているのを見るに、この辺は魔族も往来しないのだろう。こんなところに何があるというのか。
──ザッザッザッ。
足音がした。1つじゃない。たまたま通りがかった魔族……というには、やけにこちらへ向かってくるような。
「おい、ホントにいるぜ」
「マジかよ、大当たりだな。今夜はごちそうか?」
「……騒ぐなよ」
3匹のオルグ。中くらいのが2匹。それを束ねている大きいのが1匹。ギラギラした目つきで僕たちを凝視している。溢れ出る敵意に息が詰まる。
「師匠………」
「ああ、分かっている。私の後ろに下がれ」
師匠は僕をかばうように前へ出る。2人の間に緊張が走る。
「ヘイ!お前らニンゲンだろ?知ってんだよ。あの発明バカから聞いたぜ」
「クラッジィのことか?」
師匠は観念してフードを取る。
「知らねぇ。ゴブリンの名前なんてどうでもいいだろ?」
「あいつら、金さえ出せばなんでも喋るんだぜ。やけに上機嫌だったからよぉ。ちょいと聞いてみたワケ」
中くらいの2匹は手に持ったナイフを得意そうにくるくる回した。
「なんでこんな所にニンゲンがいるかなんて、そんなことはどうでもいい。今死ぬか、後で死ぬか選べ」
大柄のオルグが豚鼻を大きく広げて凄んでみせた。
「どっちも嫌だと言ったら?」
師匠は冷徹に答える。
「ここで殺す」
彼はキッと歯をむき出しにする。大きく尖った2つのソレは、まるで猪の牙だ。
「後で死ぬというのなら、オレたちについてこい。しばらくは生かしてやる」
いつの間にか、中くらいの2匹が僕たちの背後を陣取っている。数も不利なうえに、魔族は生身で勝てるような相手ではない。既に逃げ場はどこにも無かった。
「分かった。ついていこう」
師匠は両手を挙げて抵抗しない意思を見せた。そのあと、僕にそっと耳打ちした。
「ライリー、少しでも隙を見つけたら逃げろ。私が食い止める」
「……できません。その時は僕も戦います」
こんな危機的な状況で幼稚な考えかもしれない。だが師匠を見捨てることなどできるはずもない。師匠は固く決意した僕の目を見て、なんて馬鹿な弟子だ、とつぶやいた。




