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魔界旅行記  作者: ひろたかずや
5章
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39ページ目

 ──北東、石壁の前。迂回する間、複数の門で似たような攻防が繰り広げられているのを目撃した。他国の侵略……?いや、彼らの角を見るに同じマギアン族のはず。


 ここは門からずいぶん離れているが、遠くの方から爆発に似た音が響いてくる。


「この騒ぎは一体……?」


「服装から見て間違いなくセラちゃんを襲った集団と同じ組織だ。みんなが壁の中を目指してる」


「壁の中は軍の上層部の住居でしたよね。彼らも食料を奪いに……?」


「いや、だったらセラを誘拐したのはなぜだ……」


 圧倒的に情報が足りない。もうセラを攫った黒人形はとっくに見失った。このまま進むべきか。セラの行方は、彼らの目的は。


 誘拐も門の襲撃も明らかに計画的なものだ。そうまでして子供を壁の中に持って行った理由。


 ふと顔を上げる。視線の先には、六角形の塔の上で煌々と輝く火の玉が浮かんでいる。


 ラディウスが言っていた、コアを崇拝する宗教団体、紅拝教こうはいきょう。彼らがコアの力が弱まっているのを危惧しているとしたら。コアの保全より、復活を考えてもおかしくない。そうなると、子供の使い道も大方予想がつく。


「紅拝教……子供はコア復活の生贄……」


「なるほど、紅拝教か……。もしそうなら、セラちゃんの命が危ない。すぐに私たちも追おう」


 門からの侵入はおそらく不可能だ。ならば壁を乗り越えるしかない。幸い、この辺りの住居は背が高く、屋上まで登ったら壁に飛び移れるかもしれない。


 僕と師匠は、住居の塀を登り、いくつかのベランダを伝って屋根の上まで登りあがった。幸い住民たちにも気づかれることもなかった。屋根から地上を見下ろすと、ここが地上から約15mも上空だということを再認識させられる。壁の高さはせいぜい7,8mだろうから、高さは十分だ。ただ、壁までの距離は思ったより遠い。


 少しだけ足の竦んだ僕とは対照的に、師匠は心を落ち着かせていた。師匠はかがみこんで、足にぐっと力を入れて走りだす。屋根の淵まで来たところで大きく飛び上がると綺麗な放物線を描いて、壁の上に着地した。


「おいで、ライリー」


 師匠は腕をまっすぐに伸ばして僕をキャッチするような姿勢を見せた。


「僕はもう子供みたいに軽くはないですよっ!」


 覚悟を決め、足に力を込めて走る。師匠が飛んだ地点より少し手前の所で飛び上がる。体感、少し長い滞空時間を経て、師匠の真横に着地する。


「それもそうだな」


 師匠はそう言って苦笑いした。この一連の動作がどこか冒険チックで、こんな危機的な状況なのに、僕はなんとも言えない高揚を感じてしまった。


 壁の上を少し走り、壁の内側にちょうど良い高さの屋根をみつけたので再びそこへ飛び乗る。その勢いのまま地上まで降りて、コアに向かって走り出す。


 壁の中の様子は外と大して変わらないようだった。ただ、1つ1つの住居の敷地が広く、石細工も置いてあったりと豪勢である。地位の高い者が住んでいるというのは本当らしい。そしてコアに近い分気温が高いのか、積もっている雪の量が外よりも少ない。


 意外にも黒いマントの集団や衛兵にも出会うことなく、すんなりと六角形の塔近くまで走り抜けることができた。近くに来てみると、これは塔というより灯台のような見た目をしていた。1つの大きな六角柱のてっぺんに、赤と橙色の混じったようなコアが輝いている。そして塔の周りには、視界を遮るような建物はなく、代わりに目いっぱいに花畑が敷き詰められていた。美しい色の花々が咲き乱れ、春の日差しのような暖かな光が降り注ぐ。楽園と言われても納得できるほどの光景だった。


 そこをひた走る大勢の衛兵と無数に飛び交う光弾が、その楽園を戦場へと変えていた。


 塔は既に黒マントの集団に占拠されているらしく、内部に繋がる大きな門の前で衛兵たちと防衛戦を繰り広げている。辺りに麻袋を持った者はいない。セラは既に塔の内部に持ち込まれているかもしれない。


 黒マント集団は続々とやってくる衛兵と黒人形に少しもひるむことなく、魔法を打ち続ける。むしろその鬼気迫った攻撃に圧されているのは、数では圧倒的に勝っているはずの衛兵たちであった。


「ここまでだ。予想が当たったな、彼らの目的はこの塔か。少し様子を伺おう」


 師匠は立ち止まった。両陣営に見つからないよう遠巻きに塔を眺めながら、周囲をぐるりと回る。塔の上の方には等間隔でいくつかの小さな窓が付いていたが、内部は良く見えない。


 中へ侵入するには、激しい攻防が繰り広げられている扉を何とかして潜り抜けるしかなさそうだ。そう考えているのは師匠も同じらしい。


「…………」


 師匠はあごに手を置いて、黙ったままうつむいた。もちろん思考を巡らせているようにも見える。でも……いつもの師匠ならまっすぐ現状を見据えるはず。決して攻略対象から目を離さない。その態度にわずかな、本当にわずかな違和感を持つ。


「どうしました……?」


 そう尋ねる僕の目を師匠はチラリと見てすぐに目線を逸らした。


「何か策を思いついたんですね」


「あ、ああ……」


「僕はどんな方法でも師匠に従いますよ」


「……そうだな。ためらってる時間はない」


 師匠は決意を固めたように息を吐いた。


「あの塔の3階あたりの小窓、そこから侵入できるかもしれない」


「そこまで登っていくつもりですか? さすがに途中で誰かに撃ち落とされると思いますけど……」


 それを聞いた師匠は、腕を伸ばし、指を組んで器のようにした。そして塔に背を向ける。


「私が発射台になる。ライリー、君が飛んでくれ」


 なるほど。光弾の雨をかいくぐる必要はあれど、それなら門を通り越して侵入できる。それに両陣営とも一塊ひとかたまりになって攻防を繰り広げているから、お互いに視線がくぎ付けになっている。傍から突然突進してくる第三者への対処は遅れるかもしれない。問題は内部に潜入できた後だが……


 そこでようやく、師匠が話すのをためらっていた理由に気が付いた。


「僕を1人で行かせることが心配なんですね」


「……セラちゃんもどこにいるかすら分からない。何よりあの塔の最上階、すごく嫌な感じがする。そんなところに君1人で行かせるわけには──」


 僕は小さな声で呟いている師匠の背中を、トンと叩く。丸まっていた師匠の背がピンと伸びる。


「魔界に来てから何回ピンチを乗り越えたと思ってるんですか。少しは僕を信用してください。それより、師匠の方こそどうするんですか」


「……ふふ、それもそうだな。すまない、今は時間が惜しいのにこんなことで考え込んで。私は隙を見て脱出できたら衛兵側に加勢して、門からの侵入を試みよう。大丈夫、上手くやるさ」


 師匠が笑ったことに、僕は安堵した。師匠はいつでも陽気で後先考えずに動いてくれないと。今の師匠は少し臆病すぎる。


「でも、くれぐれも自分を犠牲にするようなやり方はよしてくれよ」


「分かってますよ! 第一僕が捕まったらセラを運び出す人がいなくなりますからね」


 2人して、目線を塔に据える。


「まずはあの塔に近づいてからだ。準備はいいかい、ライリー」


「もちろんです」


「よし。3,2,……1,行くぞっ!」


 師匠の掛け声で同時に走りだす。風圧で花が散り、2人の軌跡に花びらが舞う。


 高速で向かってくる2人の侵入者にいち早く気が付いたのは、黒マントの陣営であった。杖を構えて、何かを叫んでいる。


「ライリーっ!」


 師匠が僕を走り抜き、滑り込みながら塔に背を向けて、構えを取る。


 僕は右足を大きく踏み込んで、師匠の手に足を掛ける。ぐっと体重を込めると、力強い反発が返ってくる。


「いっけぇえっっ!」


 師匠はそのまま、背を大きく反らせて僕を打ち上げた。まるで投石機から発射された石のように飛んだ僕は、魔法が乱れるさらにその上を綺麗な放物線を描いて舞う。両陣営の見上げるような視線を一身に受け、ついに3階の小窓から身を滑り込ませることに成功した。


 塔の内部は特に部屋があるわけでもなく、外壁と同じ黒い石でできた巨大な螺旋階段が渦巻いていた。


 外からは絶えず爆発音が鳴り響く。師匠の無事確認は後だ。僕は迷わずに階段を駆け上がる。ここに部屋が無いなら、セラはきっとコアのある屋上にいる。


 階下から数人の黒マントが追いかけてくるのが見えた。


 2段、3段と階段を飛ばしていく。時折ある横窓から覗く地上は、鮮やかな色の花畑で覆われている。


「あいつが侵入者だっ! 捕えろっ!!」


 今度は階上、2人の黒マントが杖を構えながら階段を駆け下り、一匹の黒人形が四つん這いで壁を伝いながら迫ってくる。あの黒人形、セラを攫ったタイプと同じだ。禍々しいオーラを感じる。このままじゃ階下の追っ手と挟み撃ちだ。


 黒マントが軽く杖を回すと、先端から光弾が射出される。彼らの目線から狙いを絞った僕は、それを間一髪で躱す。続いて放たれる第2撃、第3撃を体の動きだけで誘導、地面を穿たせることに成功する。階段を駆け上る足は決して止めない。


「こいつっ……何者……」


 彼らがそう言い終えるよりも早く、額の角をつかんで思い切り引き寄せる。重心を大きくずらされた彼らは、前のめりに倒れこみ、階段を転がり落ちる。決定打を与えるつもりはない。それよりも早く上へ。


 そこへ壁面から這ってきた黒人形が僕を覆いかぶさるように飛び掛かった。脇にあった小窓の淵、わずかな隙間に足を掛け、僕自身も壁面を走るかのように進路を直角に曲げる。勢いをそのままに階段に激突した黒人形は、大きな穴をあけて階下へ落下していった。石製の階段がガラガラと崩れ落ちる。


 運がいい、これなら追っ手も簡単には登ってこれない。僕自身の退路を断っていることにもつながっているが今の僕なら、きっと問題ない。なぜこうも体が動くのか、思考が冴えわたるのか。長い旅路で成長した証なのか。いや、それよりもっと、僕の身体に宿る何かが、この先にあるものを求めているような。


 天井が近づく。光が差し込む。そうしてついに屋上へとたどり着いた。


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