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「何とか撒いたな……」
遠回りに地下道を通って自宅に帰る途中、ラディウスは呟いた。
「それにしても、商会の勘違いってことになるのかしら」
「見間違えたのも原因の一つだろうけど、隠し食糧庫であって欲しいという希望が先走ってしまったんだろう」
エルヴィアの問いに師匠が静かに答えた。
衛兵たちには悪いことをしてしまった。彼らも満足に食事できていないだろうに……。
「最近は物騒なことが増えたと思っていたが、こんな暴動に私自身が参加してしまうとは。情けないな」
ラディウスはうつむいて言った。僕らも同罪だ。だがこんな確証のない情報に踊らされてしまうのは、今の食糧事情がそれほどまでに深刻であることを指し示していた。
地下道を抜け、見慣れた道まで戻ってきたとき、最初に違和感に気付いたのはエルヴィアだった。
「何か聞こえない……?」
耳を澄ましてみると、確かに、甲高い叫び声のような音が聞こえてくる。自宅の方からだ。嫌な予感がして駆け足で自宅へ向かうと、そこには、黒いマントを羽織った数人の男と、そのうちの1人に手をつかまれて激しく抵抗するセラがいた。
家の扉が割られ、木片が辺りに飛び散っている。
「──セラっ!!」
真っ先に飛び出したのはラディウスだった。路地から身を躍らせた彼は、突然、全身を硬直させ、そのまま地面に倒れこむ。その先に2人の男が杖を構えている。
魔法だ。一瞬のうちに魔法で拘束されたんだ。
続けてエルヴィアが飛び出す。
「待ってっ……!」
僕の制止を聞く間もなく、エルヴィアも一瞬のうちに魔法に打たれ倒れこむ。
「ちくしょう……!」
もう僕らの存在はバレている。ならば、突撃するしかない。
師匠も同じ考えらしく、目を見合わせて、同時に体を晒す。杖の先端を注視して、射出される光の球を身を翻して避ける。一息に間合いを詰めて、杖の男の顎を蹴り飛ばす。
もう1人は師匠が制圧していた。残る男たちは力づくでセラを持ち上げ、大きな麻袋に彼女を放り込んだ。セラの手から肌身離さず持っていたあの人形が零れ落ちる。
走り去ろうと背を向けた彼らに僕は飛び蹴りを放つ。
その間に割って入ったのは、禍々しい黒人形だった。街で徘徊しているのと姿は似ているが、雰囲気が違う。蹴りが大きな胴体にはじかれる。黒人形は男たちから素早く麻袋を受けとると、大股で路地を駆け抜けていく。
黒マントの男たちはそれと反対方向に、去り際にいくつかの光弾を射出しながら、姿をくらませていく。どっちを追えば……!
「セラをっ……!」
かろうじて頭を挙げたラディウスが訴える。
「師匠、あの黒人形を追います!」
「ああ、急ぐぞっ!」
黒人形は大通りに出ると、建物から出た小さな出っ張りを伝って屋上へと飛び乗った。
頭上を駆け抜ける黒人形を、地上から追いかける。ソイツはついに街の中心にある石壁までやってくると、屋根の上から助走をつけて、軽々と石壁を飛び越えた。
「くそっ……!」
このままじゃ逃げられる。僕は最後の望みにと、石壁の門まで走る。衛兵に伝えれば、助力してくれるかもしれない。
角を曲がって路地を抜ける。その瞬間だった。
──ゴォオオン!
鐘を突いたような、耳をつんざく音。空気が波のように揺れる。突然の轟音に、僕の心臓は跳ねあがる。
門に何かが激突したのだ。すると赤い光弾が続けざまに飛んできて、鉄の扉を激しく揺らす。突然の出来事に狼狽しているのは、衛兵も同じだった。
光弾の発生源を確認しようと目を向けると、巨大な荷車が突進してきていることに気が付く。大通りの上り坂を、なんの牽引も無しに、すさまじい速度で迫ってくる。
そうして速度を全く緩める事なく、荷車は正面から門に激突した。衛兵は弾き飛ばされ、分厚い鉄の扉が、周りの石壁を巻き添えにしながら倒れる。
前方が跡形もなく砕け散った荷車から、セラを襲った集団と同じ黒いマントを羽織った集団がゾロゾロ下りてきて、半分が壁の内部へ、そしてもう半分が門の跡地を囲った。
男も女も、背の高いも低いも等しくいた。だが彼らの目つきは共通して鋭く、四角い瞳孔が開いている。僕には分かる、あれは覚悟の目だ。
騒ぎを感知した黒人形が駆け寄ってくる。集団はこぞって杖を取り出し、黒人形に向かって一斉に光弾を放つ。魔法の光が入り乱れ、流れ弾が近くの建物を削り取る。凄まじい攻防戦だった。
「迂回するぞっ! このままじゃ巻き込まれる!」
師匠は僕の手をつかんで走り去る。一体何が起こっているんだ……!




