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今晩、吹雪はさらに勢いを増していた。薄い家の壁を通り抜けて、鋭い冷気が差し込んでくる。セラは寒さで夜中に何度も目を覚ました。直接口に出しはしないが、きっと空腹でもあっただろう。そのたびにエルヴィアが添い遂げ、優しく眠らせていた。寝付きに苦労していたのは、僕たちも同じであった。
──ドン、ドン、ドン
早朝、玄関扉を強くたたく音で目が覚めた。
「朝はよぅからすみませんね。今から、食糧庫を制圧しにいくんですが協力してくれませんか」
野太い声だった。
「どちら様で……?そんな物騒な……」
ベッドから起き上がってきたラディウスが寝起きの声で応える。
「あ、いやあ。私ら商会主導の抗議団体みたいなもんでしてねぇ。上層部の連中が食料を溜め込んでるっていう隠し倉庫の証言がいくつもあがってるんですよ。そこを抑えに行きます。参加してくれたらあなたにも取り分を分けられるんですが……」
「いや、しかし。そんなことを急に言われても……」
「“助け愛の会”の方々に参加してもらってるんですが、思ったより人手が足りねぇんです。それにこれは強奪じゃない。我々住民の正当な要求です。我々の言葉を一切聞き入れない上層部たちも、この行動を見れば考えを改めるでしょう。協力していただけるなら、今から30分後に大通りに集まってくだせぇ。それまで我々も協力者を募ります」
男は、そう告げて去っていった。扉の前には複数人いたらしく、階段を下る音がドタドタと響いた。
「なんなんだ彼ら……」
同じく起き上がった師匠が言った。
「たぶん、アルカナ商会の奴らだろう。あの商会、規模はデカいんだがたまにこうやって暴動を焚きつけることがあってな……。しかし隠し食糧庫か……」
「そう言えば、石壁の前で住民たちが似たような講義してるのを聞いたな。あの時は黒人形に制圧されていたけど」
「じゃあ噂は結構出回ってるのかもしれない。食料に困窮しているのは間違いないが、暴動を起こしてまでとは……。いやしかし……」
ラディウスは腕を組んだ。連日の空腹続きで頭も体も疲労しきっているのは間違いない。それにこのままでは命に関わることだ。しかし制圧という大胆な手法を使おうとは考えたことも無かった。
その時、人形を抱いたセラがエルヴィアの腕の中からもぞもぞと這い出してきた。
「もうあさ……? おなかすいた……」
ラディウスはこの言葉にハッとして心を決めたようだった。
「……参加してみようと思う。もしよければ君たちもついてきてくれないか……。分け前も増えるだろうし、危ないと感じたらすぐ逃げてくれていい」
僕や師匠はあまり乗り気でなかったが、ラディウスを一人で行かせるほうが危ないと判断した。
大通りに集まると、15人ほどの住人がいた。人間と姿が似ているためか、雰囲気や顔つきを見ただけで、だいたいが主婦のような中年層のマギアンであろうことが分かった。これが“助け愛の会”の参加者であろう。きっと彼らも家族のためを思っての行動に違いない。
「──よく集まってくれた。我々は心を同じくする同志だ。いいか、これから行うのは暴力に任せた暴動じゃない。この国に命を預ける者としての正当な要求だ」
集団の先頭に立った、髭を生やした中年のマギアンが声を上げた。分厚いコートの胸ポケットに赤い刺繍で立派な紋様が縫ってあるのをみるに、彼がこの集団の火付け役だろう。
彼はこの制圧が正当な権利だということを繰り返し主張した。彼の熱のこもった演説に、次第に参加者たちもそうだそうだと声を上げて同調していった。
その勢いに乗せて中年が歩き出すと、集団もそれに続いた。僕たちは集団の後方に位置取り、彼らに合わせて動いた。早朝、吹雪にあおられながら1つの地点を目指して歩く集団は、怪しげな教団と言われても仕方がない。
先頭の中年が言うには、ここから3kmほど歩いたところに、その隠し食糧庫はあるらしい。ずいぶん前に廃れた聖堂で、そこに大量の食料が運び込まれているのを目にしたということだった。
目的地に近づくたび、集団に緊張感が増していくのが分かる。その廃聖堂は大通りを反れてかなり入り組んだ道を進んだ先の、人目につかない場所に合った。
先頭の中年が、手を振って合図を送る。それに応じて集団は歩みを止めた。
集団の隙間から遠くの方に廃聖堂が見える。そこには、確かに門のところにいた衛兵と同じ制服を着た衛兵が3人立っていた。誰も寄り付かないはずの廃聖堂に警備を3人も配置しているのは確かに奇妙な話である。彼らはこの集団には気付いていないようで、完全に油断しきっていた。
「──突撃!!」
中年はそう言いながら、自身を先頭に突撃していった。数秒遅れて、後ろの集団も走りだす。油断していた衛兵たちにとって、その数秒は遅れの範疇にも入らないようであった。
やっと集団の存在に気が付いた衛兵たちが、腰のところから木の枝じみた小さな杖を出す。それを振るうよりも先に、全員がなすすべなく押さえつけられた。
すぐに手の空いた何人かが廃聖堂の扉を開ける。鍵はかかっていないようで、すんなりと扉は開いた。中には、内部を埋め尽くすほどの木箱の山があった。
──そうしてすぐに悲鳴が上がった。
「……無ぇ! 食料が1つも入ってねぇ!!」
どの木箱を開けみても、中身は全くの空であった。乱暴に投げ捨てられたいくつかの木箱が地面にぶつかって重い音を鳴らす。
「なぜだ……。チクショウ……! 騙された……!」
木箱の中には「穀物」「肉類」など焼き印がされたものも多くあった。だがその中身は依然として空である。絶望や怒りが混ざった声が響き渡る。だがなぜこんな大量の空箱をわざわざ警備していたのか。そう思ったのは、僕だけではなかった。既に何人かのマギアンは、未だ拘束されたままの衛兵に話を聞きに戻っていた。
「貴様らっ! こんなマネが許されると思ってるのか!」
大勢のマギアンに囲まれて、腕を押さえつけられていた衛兵が叫ぶ。
「御託はいい! 食料をどこへやった! こうなることを想定して、事前に移しといたんだろうっ!」
「食料? お前ら、何言ってんだ! ここは木材保管庫だぞ。あの木箱を盗みに来たんじゃねぇのか……?」
「すっとぼけんじゃねぇ! てめぇらの上層部がこの隠し食糧庫に穀物を運び込んだって情報は入ってんだ!」
激高した中年が、突然衛兵の顔面を殴る。鼻から血が流れ出る。
「隠し食糧庫……? お前ら、本当に何言って……」
「まだシラを切るつもりかっ!!」
中年は再び拳を握った。
「待ってくれ! 彼が嘘をついてるとは思えない……」
僕はその拳を受け止める。衛兵は、目を見開き、何が起きているのか何一つ状況を把握できないでいる。
「もう一度聞こう。ここは何だ?」
「……国中から集めて来た木材の保管庫だ。この木箱はすぐに解体して薪の代わりにする。その薪だって、住民に配る予定が組まれていた」
「じゃあ食料を運び込んだって証言は?」
「そんな証言知らんっ! 俺はここの警備を数週間前から任されていたんだぞ。その間に食料が運び込まれたことなど一度も無いっ!」
「政府の隠し食糧庫は……?」
「何を寝ぼけたことを言ってる……!そんなものあったら、とっくに配っている……! 俺たちが、上官たちがどれだけ苦心してるか……。どれだけ住民の不満を一身に受けてるか、お前らには分からねぇだろっ!!」
彼はものすごい剣幕でまくし立てた。目には涙を浮かべていた。
「離してやれ……」
誰かが言った。拘束から解放された警備兵は、僕らを睨んだ。
「これは反逆罪だ。お前ら、今に見てろっ……!」
するとそこに騒ぎを聞きつけた黒人形がやってきて、けたたましく、甲高い声で咆哮した。すっかり意気消沈していたマギアンたちは、慌てて散らばって、姿をくらませた。




