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魔界旅行記  作者: ひろたかずや
5章
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35ページ目

 お互いの国についての話は想像以上に盛り上がった。僕も自国のことをもっと知っておけば良かったと後悔するほどだ。師匠がいなければ早々に話のネタが尽きていただろう。


 まあもっともエルヴィアはどちらの側にもつくことが出来なくて、若干もやもやしていたが。


 ついにこんもりと盛られた料理がなくなったとき、あることを思い出した。


「そうだ、ラディウスが帰ってくる前に勧誘が来てさ。このチラシを置いていったんだ」


 ラディウスはそれを聞いた途端、えっ、と声を出した。予想外の緊迫に、思わず僕自身も驚く。彼にあの手書きチラシを渡すと、彼はまじまじとそれを見つめた。


「ああ良かった、こっちか。よく勧誘に来るんだ、この“助け愛の会”。子を持つ親同士助け合っていこう、みたいな団体だね。会費の割にやってることが見合わなくて、私は参加してないんだけど」


「こっち? 他に別の勧誘があるのか?」


 師匠は器を片付けながら尋ねた。


「昔、紅拝教こうはいきょうっていうコアを崇める過激な宗教団体があったんだ。最近それがまた流行ってるらしく、思想に影響された若者たちがコアの軍事転用を認めた責任者を集団暴行した事件があった。ついに我が家にもその勧誘が来たのかと、ちょっと恐ろしくて……」


 宗教と聞いて真っ先に思い出したのは、真っ黒の目をした半魚人であった。トリトニアンの国に訪れる直前にペンダントを奪ったあの半魚人、種族は確かサハギンだったか。ナイア曰く、変な神を信仰するようになって狂暴化したとか。その“変な神”のせいで竜まで洗脳されていたのだから、迷惑な話である。


 それに比べたら、紅拝教とかいう宗教が暴行事件で収まっているのはまだマシとさえ思えてくる。


「思想は自由であるべきだとは思うが……そこまで行くとやりすぎだな」


 師匠は神妙な面持ちで応える。


「まあ、その事件がきっかけで宗教団体の幹部はほとんど捕まったって聞くし、廃れるのも時間の問題だと思うよ。何はともあれ、そんな怪しいチラシじゃなくて良かった。もしそうだったとしても、今は君たちがいる。安心感が違うよ」


 ラディウスは何気なく言った。その何気なさが、本心で僕らを信頼しているように感じられて、少し嬉しかった。


 その日の夜、ラディウスは古い毛布をいくつか引っ張り出してきた。彼は僕らにベッドで寝るよう促したが、それは丁重に断って、代わりにその毛布にくるまって眠りについた。しばらくして、セラがエルヴィアと一緒に寝たいと言い出したので、彼女ら2人、それと1つの人形がベッドを使うことになった。


 翌朝、僕たちは3人で、知の泉に向かうことにした。ラディウスは僕たちに襟の立ったコートと、大きくて縁のところがフワフワした帽子を貸してくれた。これで頭と口元を隠せば、人間とはバレないだろうとのことだった。


 うねった道を進み、何度か階段を上り下りした後に、大通りへと出た。通りに向かって扉を開けた店がまばらに並んでいて、数十のマギアン族が闊歩していた。ここが魔界だということを忘れてしまうほどに、人間にとってなじみ深い雰囲気をしている。姿かたちが似れば、発展する文化も似るのだろうか。


 ただそのマギアン族に混じって、軍服を着た、人型の黒い風船みたいなヤツが街を徘徊しているのを見つけた。足を出すたび、身体が不自然に大きくうねる。2mはあろうかという体は全身真っ黒で、服を着ていなければどちらが前か分からない。


「あれがラディウスの言ってた黒人形ってやつか……」


 師匠が小声で耳打ちする。コイツの正体は、昨日ラディウスから聞いていた。警備兵みたいなもので、街の治安維持を行っているらしい。でもどちらかと言えば魔王の手先と言われた方がしっくりくるほどの不気味な見た目だ。


 何度か横をすれ違う度にドキドキしていたが、人間と気付かれることはおろか、怪しまれる事も無かった。ほっと一息つく。


 時折、興味を持った師匠があまりにもじろじろ黒人形を見るから、全力で視界を遮ったりもしていた。


「たぶんこの辺りですね……」


 ラディウスから借りた地図をくるくると回す。街の東側にある1つの区画に目印として赤い丸がしてあった。だがそこへたどり着いても、泉らしきものはどこにも見当たらない。大抵の知識が手に入るというくらいだから、かなり大きな湖を想像していたんだが。


 しばらく辺りを周回していると、師匠が何かを指差した。


「あれ……あの水飲み場みたいなやつ、なんだろう」


 小さな区画、住居の隙間を縫ったような所にぽつんと佇む噴水があった。ちょろちょろとした水が歪な白い石のてっぺんから流れ出て、お世辞にも綺麗とは言えない。その傍には石碑があった。所々が欠け、すり減っていて、遠くからでは上手く読み取れない。近づいて、その文字に目を走らせる。


「どれどれ、知……泉……欲し……を授け……?」


 もしかして、これがラディウスの言っていた知の泉か?とてもそんなふうには見えないが……。噴水の底に申し訳程度に溜まっている水に何気なく触れた瞬間、全身に浮遊しているような感覚が走った。視界が白く染まる。




「──これで、終わりだな」


 気が付くと、僕は広大な荒野に立っていた。さっきまで触れていた石碑も、すぐそこにあった街並みも、師匠たちの姿もどこにもない。


 その代わりに目の前では、1人の男が何かを呟いている。男はペンダントを首から下げていた。僕のしているのと……同じ?


「仕方あるまい。それで、これは我々が預かる、ということで良かったのだな?」


 そのくぐもった声は男のものではない。空間から直接響いているようで、どこからともなく耳に入ってくる。


 ここは一体……、これは幻覚……?混乱する頭を落ち着けるために深呼吸する。冷たい空気が肺を満たす。


「ああ、いいとも。呪いが噴出する時には、俺はとっくに死んでるからな」


 男はそう言って、1冊の本を誰もいない空間に差し出した。次の瞬間、本が輝きだし、あっという間に天に上る。本は天で破裂し、4つの流れ星となって、軌跡を描きながら彼方へ消えていく。


「死ぬ? じゃあお次はどうすんだ」


 くぐもった声は尋ねた。


「さあねぇ。まあ、俺の子孫に任せるとするさ」


 男は他人事みたいに、あっけらかんとして答えた。


 これは記憶……?この土地の記憶……いや、きっと僕たちが探し求めている本の記憶だ。


 散っていった星の1つが、空の高くを通りながら雪国までやってくる。その星は本の形をしていた。次第に速度と高度を落としていき、ついに天高くそびえる塔の上にあった、炎の球体へと溶け込んでいった。


 間違いない。これはコアだ。となると目的の本はコアの中だったりして……。




 ──風景が変わる。今度は、僕は薄暗い天幕の中にいた。小さなランプだけが吊るされていて、ぱっと見るだけでもかなり広い。


「うわっ……!」


 ふと足元をみると、すぐそばに小柄な男性が寝ころんでいた。いや、僕の足元だけじゃない。天幕を埋め尽くすほどに、大勢の男性が横たわっている。魔族じゃない、まぎれもなく人間だ。


 そしてそのほとんどが苦悶の表情を浮かべていた。うめき声が足元から響く。彼の服は胸から腹にかけて大きく裂けていて、赤黒い血が固まってこびりついている。血と汗の混じった匂いが鼻にツンと響く。


 天幕の傍には、同じように赤黒く染まった剣や、穴の開いた甲冑が無造作に積まれていた。


 ここは……おそらく救護所……。それもおそらく戦争中の、最前線にあるものだ。


 そんな負傷者たちの傍に、膝立ちになって両手をかざす少女がいた。こんな幼い子がこの救護所の看護掛だというのは、腕につけられた赤十字の腕章が示していた。


 彼女が手をかざすと、ぼんやりとした小さな光が負傷者を覆う。……治癒魔法!でも明らかに弱々しい。治療を受けた男の傷も、苦悶に満ちた顔も、大して変わっていないように見える。


 彼女はそれでも、一人一人、丁寧に丁寧に治癒を施していく。その所作とは対称的に彼女自身の目は虚ろで、表情の1つも動いていない。薄暗いこの空間で、ただ機械的に、その作業をこなしているだけだった。


 だから彼女がランプの下に来て明るく照らされて初めて、彼女が幼い頃の師匠だと分かった。灰色の長い髪に、白く細い腕。驚きよりも、恐怖と困惑が勝った。なんて目をしているんだろう。今の師匠からは想像もつかない、闇に満ちた目だった。


 彼女は僕の足元にいた、既にひん死に近い男にも手をかざした。男は突然、その手をぐっと掴む。


「俺はいい、どうせ助からない……。それより、アンタも休め……。見てるこっちが辛い」


 師匠は何もしゃべらず、再び手をかざそうとする。


「アンタ、名前は」


「……」


「……もう喋る気力もないか、気の毒に。治癒魔法が使えるからこんな前線にまで連れてこられたんだろうが、その若さじゃな……」


 男は脱力するようにして、師匠の手を離した。


「なあ……。頼まれてくれないか、嬢ちゃん」


 彼はそう言って、ポケットから1枚の紙きれと小さなペンダントを取り出した。見覚えのあるペンダント。まさに僕がしているのと同じペンダント。


 もしかして、これはペンダントの記憶なのではないか……?


「俺の家族に、これを渡してくれ……」


「……形見、なら……手続きする……」


「わはは、意外とかわいい声してるじゃない。でも、その手続きじゃだめだ。軍の遺品回収のやつだろう。それじゃいつになるか分からない。だから、アンタが届けてくれ」


「……誰に」


「引き受けてくれるんだな。感謝する……。宛先は妻のエリン、もしくは息子のライリー……」


 エリン、それは僕の母の名前だった。じゃあこの男は僕の父親ということになる。軍に兵役に行った後、ついに帰らなかった僕の父。父が兵役に行ったのは僕が生まれてすぐだから、顔すら知らなかった。これが、今にも息を絶ってしまいそうなこの男が僕の父親……。


 目の前にいるのに、実感が沸かない。いや、確かにこれは幻覚なのだが……。


「東地区の難民保護施設を当たってくれ……。考えたくないが……もし、2人とも見つからなかったら──」


 そう言いかけた男の口を、師匠はそっと指でふさいだ。


「……分かった」


「あとこのメモなんだが……一緒に渡してくれ。このペンダントについて書いてある。アンタが見るか見ないかは任せる……」


 男は古びた紙切れを、少女に握らせる。


「……カサンドラ」


「……ありがとう、カサンドラ」


 ───。


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