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「こいつら本当にニンゲンだ」
「バッグにナイフが入っていた。武器か?」
「ニンゲンは小型の武器を使うそうだ。武器に違いない」
数人のバフォルグが集まってヒソヒソと話し合っている。そのヒソヒソ話で僕たちの処遇が決まると思うと、さすがに気が気でない。
「よし、お前らの処遇が決まった」
1人のバフォルグが斧の柄で地面をドンと叩く。今度は威圧するような雰囲気は無い。しかし──。
「敵意が有ろうが無かろうが、ニンゲンは野蛮な種族であることに変わりはない。今ここで処刑する」
最悪な結論が出たようだった。
「待ってくれ。武器の没収でも監視でも、なんでもしてくれていい。本当に敵意は無いんだ」
師匠は両手を上に挙げて、刺激しないようゆっくりと伝える。
「決まったことだ。覆ることは無い!」
彼はそう言って自らの斧を大きく振りかぶった。
「───待て!!」
突然、怒号のような声が飛んだ。空気がびりびりと振動し、その場にいた全員が硬直する。
「た、隊長……!!」
バフォルグは天高く掲げていた斧をすごすごと降ろして、頭を下げた。
隊長と呼ばれた男は、大きな角を二巻きもさせて、青色のマントを羽織っていた。心なしか、他と比べると毛並みの艶が良い。見るからに上位の階級者だ。
「オイ、貴様ら席をはずせ」
隊長は守衛のバフォルグ達に向かって言う。
「隊長、しかし……奴らはニンゲンです。何をしてくるか分かりませんよ!」
「俺の腕が信用できないのか?」
彼は手に持った斧をギラリと光らせた。
トラウマを掘り起こされたかのように青ざめた守衛たちは、我先にとバタバタ走って小屋に帰っていった。
「連絡があった。お前たちがニンゲンか。目的は?」
「弟子の形見の本を探しながら、魔界を旅しています。敵意を向けるつもりは全くありません」
師匠は落ち着いた口調で言った。彼女の凛とした瞳が隊長を見つめる。
彼はしばらく考え込んだ様子だったが、首を縦に振ろうとはしなかった。むしろ先ほどより攻撃的な口調で言った。
「敵意を向けるつもりはない、だと? 信じると思うのか?」
彼は斧を軽々と片手で掲げ、一瞬のうちに振り下ろす。
ヒュンッと空気が切れる音と共に、刃は頭すれすれを通過して、師匠の喉元ほんの数センチ手前で停止した。運悪く切られた髪の数本がはらりと落ちる。
とっさに師匠をかばおうとした僕の体を、彼女の右腕が静止する。師匠は一切動じていなかった。
「……いい度胸だ。お前の胆力に免じてやろう。入国を許可する」
隊長はゆっくりと斧を降ろした。
「ついでだ、受け取れ」
ポンと投げられた手のひらサイズの何かを、慌ててキャッチする。
それは金属でできた銀色の紋章だった。三角形の中心に斧が刺さったデザインで、縁には木葉を模った細かな装飾が施されている。
「入国証だ。普通のよりも若干融通が利く。何か面倒ごとがあったらそれを見せるといい」
隊長は表情を変えずに言った。
「なぜ、そこまでして許可を……?」
僕は思わず尋ねる。親切、と言っていいのか?さっきまで処刑の話すら出ていたのに、なぜ急に僕らを受け入れる気になったのか。その上ご丁寧に入国証までとは。
隊長は一瞬動きを止めたが、何も言わず背を向けてその場を立ち去った。
「いくらなんでも無鉄砲すぎるわよ……」
エルヴィアはついにぺたりと座り込んだ。
「わはは、まあいいじゃないか。こうして命があるんだし」
「師匠、それオルグの集落の時も言ってましたよね。さすがに綱渡りすぎます……」
「まあまあ。それより見ろ、ライリー、エルちゃん。この門をくぐればすぐにバフォルグの国だ!」
相変わらず雑に話を逸らした師匠がエルヴィアに手を差し伸べる。彼女はそれをぎゅっと掴んで立ち上がった。
大きな門をくぐると、街を囲むような広い塹壕と一本の細い橋が架かっているのが見えた。高い城壁といい、防衛に要を置いているのだろうか。
誰もいない橋を渡りきると、すぐに街が見えた。乾いた土の上には、石製の滑らかで背の高い建物がずらりと並んでいる。石の切り目は定規で引いたようにまっすぐで、古めかしい城門からは想像ができないほど近代的だ。
さらに驚いたのは、街行く人々の種族の多さだ。オルグはもちろん、魚頭型、竜頭型、鳥頭型……、判別のつかない種も含めて、10種や20種では収まらない。
そしてその誰もが、パリッとした皺の無いスーツやヒラヒラしたドレスに身を包んでいる。これじゃあ城門にいた守衛たちは、まるで古代人じゃないか。時代を飛び越えて未来に来てしまったかのような錯覚に陥る。
「うひゃあぁぁ……。こんな街があるなんて……」
師匠は目を輝かせて変な感嘆を漏らした。田舎出身の僕らにとって、この街は文字通り輝いて見える。
「こんな建築物は人間界でも見たことがありませんね」
「さすが、魔界で最も栄えてると言われる都市ね」
エルヴィアはそうも言いながら、ビクビク辺りを見回している。守衛の時の恐怖がまだ尾を引いているのだろう。
「ようし、さっそく文化体験だ。まずは腹ごしらえでもしようじゃないか!」
師匠は目的の本探しのことはすっかり頭から抜けているのか、いつになく元気よく歩き出した。




