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エントたちに迷宮で手に入れた農業指南書を渡すと、目を丸くして驚いた。あの爺さん、大げさな言い方をしたもんだ、とあきれる者もいれば、爺さんらしいじゃないか、と笑う者もいた。
そして彼らは、もう必要ないものだから記念に持って行ってくれと、僕らに本を譲った。というより半ば強引に押し付けられた。
翌日、次の街へと行こうと荷物をまとめていた所に、人間がいるとの噂を聞きつけた村中のエントが押し寄せてきた。ぜひとも人間界の話を聞かせてほしいというのだ。
始めは良かったが、同じ話を10回ほども繰り返していたら、さすがに嫌気がさしてきた。それを見かねたとあるエントが、もう一度宴会を開くからそこでたっぷり話してくれと言った。
魔界での美味しい食事は確かに魅力的だったから、その話に飛びついてしまったわけだが……。まさかその宴会が10日間連続で行われるとは、さすがに予想外だった。酒好きの師匠もさすがに10日目になると、テンションはやけに低かったと見える。
そんな苦労が続いたある日の昼間、エントたちが畑に群れているのを見つけた。
「君たち、何してるんだ?」
師匠は群れの外からひょこっと顔をのぞかせた。
「おお、人間。実はな、いつも通り魔法で作物を成長させとったんだが、突然こんなモンが生えてきてな」
エントはそういって視線を落とす。その先には一輪の花があった。ピンク色の小さな花弁を携えたソレに、特に変わった様子は見られない。そう思っていた。
「こんなモンってなによ!失礼極まりないわね!」
足元から響く高い声。音の出どころは、なんとその花であった。
「こ、これも魔物の一種なのでしょうか……」
僕の問いかけに師匠は首をかしげる。
「いいや、聞いたことがないな」
「魔物じゃなくて精霊よ!せ・い・れ・い!」
花は茎をくねくねと躍らせた。正直言って気味が悪い。
「ほお、精霊様とな」
その言葉を聞いたエントはなにやら感心している様子だ。
「あんたたちが魔法を唱えるときに、毎回「ドライアドの精霊よ!」って言ってるじゃない。その拍子に魂のかけらが抜け出ちゃったのよ」
花はエントに向かって言った。確かにそんな呪文を唱えてた気がする。
「それは大変申し訳ないことをした、精霊様よ」
「まあ抜け出ちゃったものは仕方ないわ。これからどうやって生きるか、次を考えましょ、次を」
花は茎から横に生えた葉を、まるで手でも鳴らすようにパンパンと叩いた。なんかノリが軽いな……。
「とりあえず食事は水でよかったですかな?毎日ここまで水と肥料をまきに来ましょう」
1人のエントが言った。
「え、イヤよ」
花は即座に言い返す。
「ずっと孤独に畑暮らしなんて嫌!せめて雨風しのげる場所で、話し相手の一人や二人は欲しいわ!」
「左様ですか……。誰か、世話してくれる奴はおらんかの?」
周囲に集まったエントたちは一斉に目を伏せる。露骨にめんどくさがっている。精霊に対する申し訳なさはどこへ行ったんだ。
「何よ!みんなして!」
花は怒ったような口調でぐるっとあたりを見回した。その途中で、僕と目が合う。いや、本来そんなことありえないはずなのだが、ジッと視線のようなものを受け取ってしまった。
「ん、あなたたち、もしかして人間? なんでこんな所にいるの?」
「う、うん。旅をしていて……」
「何それ面白そう! 私も連れてって欲しいわ!」
というわけで、素焼きの植木鉢に移し替えられた、喋る花を持ち帰る羽目になったのだ。エントたちもエントたちで、花の興味が僕たちに向いたのを見逃さず、どこからともなく鉢を出して押し付けてくるのだから質が悪い。
「ふーん、本を探しに魔界までねぇ……飛んだ変わり者ね。次に行く場所は決まっているの?」
花は興味津々に言った。やはり付いてくる気満載の様子である。
「このペンダントが指示している方向だよ。何があるかは分からないけど」
僕は花弁のあたりにペンダントを垂らした。
「その方角は確か、牛頭族の国……じゃなかったかしら?この辺じゃ一番栄えてると有名な都市のはずよ」
「む、そうなのか。目的地がハッキリするのはありがたいな」
「それにしても、そこまでずっと抱えてもらうのは申し訳ないわね……そうだ!」
花は何かを閃くと、自らの身体を小さく折りたたみ始めた。くるくると葉が丸まって、ついには小さな点になったかと思うと、今度はその点が風船のように膨らみ、重さを増してく。
耐えきれなくなった鉢植えが割れてなお、それは肥大し続ける。僕と同じくらいの背丈にまで膨らんだ球体は、突然はじけ、目の前に人型のシルエットが浮かび上がる。
薄い金色の髪を顔の横でくるんと巻いた少女。花のように薄く可憐なドレスをまとう姿は、まさにおとぎ話に出てくる精霊のようだった。だが僕の頭にあった掌サイズの精霊イメージとは違い、しっかり人並の背丈がある。
「あなたたちに人間の姿に合わせてあげるわ。さ、行きましょ」
彼女はにんまりと口角を上げてそう言った。




