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ザックザックザック。土を耕す。
パラパラパラ。種を撒く。
ジョウロで水を撒いたら、さあ完了だ。
「……師匠」
「どうした、ライリー?」
「……何してるんですか、僕たち」
「ん?畑仕事に決まってるじゃないか。収穫が楽しみだな」
「いや、なんでこんなことになってるんですか!」
被っていた麦わら帽子を地面にたたきつける。
「仕方ないだろー。部屋を貸す代わりに、人手が足りない畑の手伝いをして欲しいって頼まれたんだから」
「だからって、さすがに2人で任されるには広すぎますよ……」
テニスコートなら50個は余裕で入るだろう畑を見渡す。水源が1カ所しかないから、あと何度水やりを往復したらいいのか、考えただけでもぞっとする。
「まあこうして旅先での人助けってのも、悪くない経験じゃないか」
師匠は額に溜まった汗をぬぐう。
人助けというよりは、住み込みの仕事じゃないだろうか。そんな愚痴を胸中こぼしていると、道端の影からエントが様子を見に来た。
「ほお、よくできてるじゃないか。なかなか筋がいい。どうだ?このままココで働いてみるってのは」
「わはは、それもいいな。」
師匠は笑って答える。僕は遠慮したい。棒きれのようになった足が、もう働けないと訴えかけてくる。
「さて、ここからが本番だぞ」
エントは両手を合わせ、天に向かって高く掲げた。
「ドライアドの精霊よ、我らに恵みを与え給え!」
彼の手から光があふれだす。それは空へと昇り、ぶわっと膨らみ、はじけて、畑へと舞い落ちていった。かつて一度だけ見たことのある、打ち上げ花火を思い出す。
ぴょこ。
芽が出る。バカな、さっき植えたばっかりだぞ。
ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。
あっという間に緑が畑一面を覆い尽くした。
「この魔法は便利なんだが、雑草も一緒に育ってしまってな。さ、雑草抜きと追加の水やりも頼んだぞ」
彼はそれだけ言い残すと、スタコラと速足で逃げるように去っていった。
残されたのは僕たち二人と、草の海のような畑だけである。
「師匠……」
「……さ、頑張ろうか、ライリー」
僕はしばらくの間、ただその畑を見つめることしかできなかった。
朝早く起きては畑に出向き、夜帰ったら、疲れで泥のように眠る。
しばらくはそんな生活を繰り返した。
そうして、僕たちが必死になって育てた畑が、ついに収穫の時期を迎えた。
赤く大きな実を実らせた植物が、畑一面に育っている。
「こう見ると、我ながら達成感がありますね……」
「うむ! よく頑張ったな、お互いに」
師匠はそう言って、僕の頭を撫でた。
「ヴァハハハ、素晴らしいぞ、人間の。ここまでの仕上がりは俺らでもめったにない。仕事の丁寧さがよく分かる」
エントは自分の長いひげをモジャモジャとかき回す。
「お礼と言っちゃなんだが、今夜仲間を集めて宴会をやろう。ぜひお前さんたちを仲間に紹介したい。どうだ、来てくれんかね」
「いいのかい、エントのおじちゃん。お言葉に甘えさせてもらうよ」
「楽しみに待っとれい。それじゃ、夜までに収穫も頼んだぞ~」
またもやスタコラと逃げるエント。まあ、ここで終わりってのも無い話だよな……。
収穫作業もなかなかにハードだった。何しろ数が多い。実を傷つけずに収穫するには、それなりに技術も必要だった。早朝から始めた作業があらかた終わった頃には、陽が沈み始めていた。正直今すぐにでも寝たい気分だったが、行くと言った手前、そうもいかないだろう。
宴会の場所として指定されたのは、天まで伸びている1つの巨大な木だった。コケで覆われたその大木は、今まで見てきた木のどれよりも大きくて、頑丈そうだ。もしこの木を切って人間界に持ち帰れば、数年くらいはこの大木だけで木材需要がまかなえそうなほどだ。
数十メートルはあろうかという外周をぐるりと回ると、くりぬかれた入り口を見つける。そこに入るや否や、待ち構えていた大勢のエントが僕たちをまじまじと見つめた。
「ほお、これが人間か」
「人間を見るのは初めてだ」
「確かによく見れば、オークとは顔つきが違う」
全員が小柄で、どれも似たようなおじさん顔だ。
「まあ、とりあえず座れ。ご馳走を用意してる」
進められた席に座ると、切り株のようなテーブルにたくさんの料理があった。野菜や穀物中心の、色とりどりの料理だ。師匠が目をキラキラとさせている。
「人間の口に合うかは分からんが、腹いっぱい食って飲んでいってくれ!」
1人の、長いコック帽を被ったエントがそう言った。
「「「エドュッセ!」」」
正確には聞き取れなかったが、そんな風な掛け声と共に、宴会が始まった。
最初のうちは、料理に手を付ける暇もなく、ほとんど質問攻めであった。どこから来たのか、何しに来たのか、どこへ行くのか。人間という種族についても、よく聞かれた。彼らの好奇心はなかなか高いらしい。あらかた答え尽くしたので、今度は僕から質問してみることにした。
「あれだけ大きな畑、育った作物はどうしているんですか?」
「オルグとかバフォルグとか、いろんな種族と取引してるんだ。これだけ食文化が豊かになったのも、取引のおかげなんだぜ。もともと俺らは火を扱うことすらしてこなかったからな」
髭の短い、比較的若そうなエントが答える。
「この酒も交易の産物ってことか。昔から農業が盛んなのか?この街は」
今の今まで豪快に酒を飲んでいた師匠が、ようやく会話に入る。頬が赤く染まっている。
「いいや、ずっと昔は小さな街で、木の実なんかを主食に細々と暮らしていた。そんなある日、魔王軍の使者を名乗る者が来てな」
エントはぐいと酒を流し込んで続ける。
「軍隊の兵糧を作れって言われたんだ。いよいよ戦争も佳境に入って、魔王軍も備蓄が尽きてたらしい。そこで、外界と関わりの薄かった俺たちにも協力を要請してきた。幸い農業に精通してるやつがいたし、肥沃な土地も十分あったから、かなりうまくいった。そしてそいつらに言われるままに開墾し続けてたら、ここまでデカくなったってわけだ」
それにしてもデカすぎるよな、彼はそう言って笑った。
「戦争はもう終わりました。それなのに今もあれだけの植物を育てているのですか?」
僕は赤い実をつまみながら尋ねる。みずみずしくて、ハリもある。
「そうだなあ………。各地に輸出して取引できるってメリットはもちろんあるが……楽しかったんだ」
彼は宙を見ながらそう言った。当時のことを思い出しているようだった。
「ただ自然と共に生きて、朽ちていく俺らにとって、これは大きな目標になった。一致団結っていうのかなぁ。とにかく大勢の同胞と同じ目標に向かって進むのに、熱中したんだ」
彼の目の奥に映る情景は、さんさんと輝いている。
「まあ初期の方は実がスカスカで食えたもんじゃなかったけどな」
彼はヴァハハと笑った。
戦争は嫌いだ。大勢の人が死ぬ。だが、それによって栄えた街があるのも事実であった。
「農業に精通してるヤツってのは、どこにいるんだ?」
師匠は言った。顔がかなり赤くなっている。こうなってきたら、そろそろ師匠も限界だろう。今に呂律が回らなくなってくるはずだ。いい加減吐くまで飲むクセやめてくれないかな。
「いいや、もういねえ。ほんの数年前に死んでしまった。かなり長生きだったからな、あの爺さん」
僕にはここにいる全員が爺さんのように見えるが………。
「そうだ、爺さんと言えば、爺さんは財宝を遺していってたな」
「財宝!?」
師匠が食いつく。
「あ、ああ。カネにがめついことでも有名だったから、ありゃあ相当溜め込んでるな。郊外に彼の作った迷宮があるんだが、その中をゴーレムに守らせてるほどだ。よっぽど盗られたくないんだろう。俺らエントに戦闘能力はほとんどないからな。そうだ、お前さんたち。もし力に自信があるなら、迷宮攻略を頼まれてくれないか?」
「……聞いたかライリー、迷宮と財宝なんてまさに冒険みたいじゃないか!もちろん引き受けるよな」
それだけ言うと、師匠はバタンと倒れてしまった。
「師匠、飲みすぎです………」
師匠はあれだけワクワクと胸を高鳴らせていたのに、迷宮に行こうと言い出したのは、宴会から2日後だった。彼女曰く、「頭がガンガンするから、今日は休ませて」だそうだ。
迷宮は山を掘り抜いたような洞窟の中に広がっていて、内部はかなり入り組んでいた。
僕たちの足音だけがカツカツとこだまする。
「迷宮というより、神殿みたいですね」
松明を壁に近づけると、幾何模様のある石柱が何本も照らされる。
「うむ、それもかなり手入れが行き届いている。所々苔むしているが、ひび割れなんかはほとんどない」
「……師匠。前から聞きたかったのですが、どうして本を探そうと思ったのですか?貴重な品なのは確かですが、師匠は人類への貢献に、そこまで熱心だとは思いません」
「そうだな……、何を話すべきか……」
師匠は過去を思い返すように宙を見る。
「実は私の住んでいた地域も、魔界に近い場所でね。戦争で侵略されたんだ。ライリーと一緒だよ」
「……そうだったんですか。すみません、身内がいないとは以前聞いていましたが……」
新たな疑問が浮かぶ。それならどうして、師匠は魔族に親身になるのか。僕は魔族が嫌いだ。野蛮で横暴で、命すら簡単に奪い去ってしまう。確かに、すべての魔族が邪悪なわけじゃないと知ったが、それでも憎しみが消えることはない。
──ならどうして。疑問は口から漏れ出ていたらしく、師匠はそれに応える。
「逃がしてくれたんだ、私を。一人の敵兵が、泣き叫ぶ私を抱きかかえるようにして、燃え盛る村から連れ出してくれた。私を娘のように可愛がってくれた他の村人は、我先にと逃げだしていたのに。その時に、魔族は姿形こそ違うが、心は同じなんだって思ったんだ」
師匠は歩みを止めずに淡々と話した。
「……僕の村を焼いたオークの軍隊には、子供を助けようとする奴はいませんでした」
また、思わず口に出る。
「すまない。こちらこそ嫌なことを思い出させてしまったな」
「でも、魔族を近くで見て、ほんの少しだけ考え方が変わりました。確かに魔族と人類は、中身の部分は同じなのかもしれない。それを自分の目で確かめる事には、いくらか意味があるかもしれません」
「………ありがとう」
師匠は穏やかな声で、しかしはっきりと言った。
「話が反れたね。なぜ本を追うんだって話なんだが……こんな魅力的な報酬が無ければ、君は付いてきてくれなかったろう?」
師匠は今度は、片目を閉じてニヤリと笑った。
「安心してよ、情報はホンモノだからさ」
彼女はそれだけ言い残すと、カツカツと先に進んでしまった。




