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10ページ目-2章-

 オルグの集落を後にして、ペンダントの光に導かれるまま旅を続ける。すると、1週間ほどで強い反応があった。場所は自然に囲まれたのどかな集落だった。森を切り拓いて作られたようで、大木が門の代わりをしている。目的地はここのようだ。


「何かの居住区ですね。森も道も、明らかに整備されています。入ってみますか?」


 ほんのりと熱を帯びたペンダントを手に、師匠に問う。


「もちろんだとも。ただ、前みたいに傭兵に絡まれたら厄介だ。この辺に生物の気配はないし、せめて何の魔族か分かるまでは隠密していこう」


 師匠も常識が分かるようになったか。できるだけ誰にも見つかりたくない。ローブを深く被り、より一層気配に気を配りながら足を踏み出す。


「誰だが知らんがよく来たな!」


 門をくぐるや否や、ソッコーで声をかけられた。僕たちの目論見は早速失敗した。


 なぜ気が付かなかったのか、声の主を見れば一目瞭然だった。


 立派な口ひげを携えている割に、背丈は僕の半分程度しかない。何より違うのは、その肌だ。生物のような柔らかい肌ではなく、カチカチに硬そうなのだ。


 木目のようなものも入っており、まさしく木でできた人形、という表現が正しいだろう。木と同化していて、話しかけられるまで、その存在すら分からなかった。


「さあ、ウェルカムドリンクってやつだ。飲んでいきたまえ」


 彼はずんずんと寄ってきて、2つの木製マグカップを差し出した。中にはどろっとした液体が注ぎ込まれている。


「師匠、突然すぎて戸惑います。逃げますか?」


「うーん……とりあえず敵意は無さそうだし、頂いてみよう」


 断るとどうなるか分からんし、と師匠は付け足す。


 もうすでにどうにかなってると思うんだが。


 師匠はマグカップを受け取ると、中の液体を一息に飲み干した。ためらいつつも、僕もそれに続く。


 ゴクリ。ひんやりとしたドロドロがのどを伝う。


 ……意外と飲めるぞ? はちみつみたいに甘いが、ちょっとの酸味がアクセントになっていておいしい。


「おいしいよ、おじちゃん。この街の名物なのか?」


 師匠は満足げにして尋ねる。


「ヴァハハ、旨いだろ?ソイツは今朝俺から出た体液だ!」


 ……おぅえぇ。


 木の肌を除けば、見た目があからさまに小太りのおじさんだから、嫌悪感が半端じゃない。なんとか人前で吐き出さずに済んだ僕を、だれか褒めてほしい。師匠も若干顔を引きつらせている。


「それはそうと、お前さんたち。こんな山奥に何しに来たんだ」


 彼は僕たちからカップを回収しながら尋ねた。


「とある本を探していてね。それがこの集落にあるらしいんだ。入っても構わないか?」


「探し物か……。そんな理由で来たヤツは初めてだな。いいだろう、ワシが案内してやる」


 彼は自分のあごひげを2,3度撫でると、ついてきな、と言って背を向けて歩き出した。やはり、彼は僕たちを敵視していないようだ。むしろとても親切である。


 師匠とアイコンタクトを取って、彼に続く。前みたいにならなくてよかったと、ほっと息を吐く。


 道すがら、いくつか会話を重ねていく中で、彼は自分のことをエントという木の魔族だと語った。


 そして体内で蜜を熟成することができるとも教えてくれた。蜜と言うと聞こえがいいが、その実ただの体液である。どこから出すのかなんて、死んでも知りたくない。


 集落はまるで森のようだった。その大きさからして、街と呼んでも差し支えないだろう。大樹が至る所に生えており、その大きな幹の内部がくりぬかれている。そして彼と似たような木のおっさんたちがその幹を出入りしているのを見るに、それがエントらの家なのだろう。


「のどかですね……オルグのとは全然違う」


 僕はあたりを見回してそう言った。


 ざわざわと葉が揺れる。木漏れ日が差し込み、街全体を包んでいる。


「それにしても、驚かないんだな。人間がここにいても」


 師匠がエントに尋ねる。


「ヴァ……!?」


 エントは変な声を出した。


「お前たち、ニンゲンか!?」


 彼は大きく両手を挙げて、さらに小さな目をいっぱいに見開いて硬直した。


 気付いてなかったのか……?


「もしかして言わない方が良かったんじゃないですか」


「え、いや、既に分かっているものと……」


「ヴァ……ヴァハハハ!人型の見分けなどつくものか!」


 彼は大声で笑いだした。


「人間、人間か……。てっきりオルグかそこらへんの種族だと……」


 全然違うだろ。心の中で思わずツッコむ。


「いや、しかし。お前たちだって木の判別などロクにできんだろう。それと同じだ。それで、人間がこんなところに何しに来たんだ?」


 心の中を見透かされたような言い分に、思わずビクリとしてしまう。


「前に話したのと同じだが、とある本を探しに来たんだ。魔界にあると聞いて、ここまで旅してきた」


 師匠が答える。


「……旅とな!じゃあ人間界からここまで、2人だけで来たのか!? それはさぞ疲れただろう、目いっぱい休んでいくといい」


「歓迎してくれるのか?」


「もちろんだとも。客人たぁ、えらい久しぶりだ。もてなさぬならエントの恥だ!」


 彼を見るに、エントという種族は非常に気前がよさそうである。そこからあれよあれよと話が進み、彼は所有する部屋の一つを貸してくれるとまで言った。


「オルグの街では明らかに目の敵にされていたのに、ここは全然違いますね」


「種族でこうも違うとはね。彼らにとっては人間もオルグも同じ人型としか思っていないみたいだね」


 師匠は目を細めてそう言った。


 エントに続いて歩き続けると、小高い丘にやってきた。


「いい景色だろう、ここなら街を一望できる」


 エントは口ひげを触りながら、どうだ、と自慢げに街を披露する。


「これは………」


「畑……だな。しかし、巨大すぎる」


 森の奥に広がっていたのは、まぎれもない畑であった。稲作、畑作、果樹園のようなものまである。そして多くのエントが農作業にいそしんでいた。


「圧巻だろう、感動しただろう」


 エントは腕を組んで誇らしげにうなずいている。


「確かに圧巻だ。人間界にも、ここまでの広さの畑はそうそうない」


「そうだろう、そうだろう。これは俺らの誇りなんだ」


 彼はコンコンと胸を叩く。乾いた木が触れ合うような音がした。


「ちょうどあの木に空き部屋があるから使うといい。部屋からもこの風景を見下ろせるぞ」


 彼は近くに合った大きな木を指差した。そこにも空洞が掘られていて、人が2,3人いても十分くつろげるぐらいのスペースがありそうだった。


「エントのおじちゃん。1つ聞いていいか」


 師匠が尋ねる。


「ああ、なんだ?」


「どうしてここまで優しくしてくれるんだ?」


 師匠は微笑みながら、エントの目をまっすぐと見つめた。綺麗な目を前にした彼は、少しだけ息を詰まらせると、バツが悪そうに下を向いた。


「……実はなぁ、ちょっとばかし、手伝ってほしいことがあってな」



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