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1ページ目-1章-

 豚頭族(オルグ)の集団が僕らを囲う。


 鈍い音を立てて引き抜かれた剣がのどに迫る。所々がサビており、それが彼らの大雑把な性格を表していた。


「少しでも動いてみろ。その首たたっきるぞ」


 低い声。兜のてっぺんに赤いトサカが付いているのを見るに、彼がリーダーだろう。


「オルグの戦士殿、私たちは旅をしています」


 目の前で同じく剣を突き付けられた、灰色の長髪を携えた女性が答える。


「私の名はカサンドラ。後ろにいるのは弟子のライリーといいます」


 彼女に束ねられていた視線が一斉に僕へ移る。突き出した豚鼻の上に生える、ぎょろりとした目玉は、今にも飛び出しそうだった。鋭い殺気に射抜かれ、髪の毛の先まで凍り付く。


「名などどうでもよいわ。なぜ、お前らニンゲンがオルグの街に行く必要がある」


 返答を誤れば、死ぬ。そんな確かな予感が、その問いに込められていた。


「とある本を探しています。あなたたちに危害を加えるようなことは一切しません」


 彼女の凛とした瞳が彼らを正面から見据える。その表情に、悪意なんてものは一切感じられない。


 永遠にも感じられた沈黙を破ったのは、リーダー格のオルグだった。


「……荷物をここに置いていけ。その上で条件を飲めば街に入れてやる」


 彼らはゆっくりと剣を収めた。


 最悪な旅の始まりだった。


「何度も言ったじゃないですか。こんな魔界ところに来るべきじゃないって」


「でも命はまだあるし、こうして街に入れただろう?」


「あの調子じゃ、いくつあっても足りませんよ……」


 はあ、と半ばあきらめるようにため息をつく。


 長年続いた魔族との戦争が終結してから十余年。突然師匠が“魔界に行くぞ”なんて言うから驚いた。どうやら僕の先祖の遺品である本を探しに行くとのことだった。


 今からずっと昔、僕の先祖は魔族と交流があったらしい。師匠が言うには、当時受け継がれていた本には人類史がひっくり返るほどの情報が記されているという。


 戦争で国交が断絶されてからは、いつしか本の存在すら忘れ去られていった。それが今頃になって、魔界にあるとの情報を師匠がどこかから聞きつけたのだ。


「魔族は野蛮が服を着たような奴らです。毎回、話が通じるとは限りませんよ?」


「まあまあ、さっきは上手くいったじゃないか」


 わはは、と愉快そうに彼女は笑った。これだからこの能天気バカ師匠は……。


 師匠と言っても年がそう離れているわけではない、と思う。以前年齢を尋ねたことはあったが、モゴモゴとはぐらかされてからは聞いていない。


 数年前、彼女は戦争孤児だった僕を拾い、色々なことを教えてくれた。そこから敬いの気持ちを込めて師匠と呼んでいる。昔は勇敢な人だと憧れていたが、最近ではただ何も考えていないだけなのでは、と疑い始めている。


 獣道を進む。照りつける太陽に暑さを感じ始めたころ、大きな集落が見えた。


「ほら見ろ、ライリー。あれがオルグの暮らす集落だぞ!」


 初めて見る魔界の居住区。おおよそ道と呼べるものはなく、石を積んだだけの乱雑な住居でひしめいている。目が回るほどのカオスさだ。おまけに生ごみを放置したような、吐き気のするにおいがする。


「圧巻だな。人間界とはまるで違う」


 師匠は目を輝かせる。なんで楽しそうなんだコイツ。


 彼女は呆れた僕を横目に外套のフードを目深に被った。


 オルグ兵士に課せられた条件は2つ。1つ目は、街中で顔を晒さないこと。2つ目は、怪しいと感じたら即刻切り捨てる!だそうだ。実に簡潔で恐ろしい。


 師匠に倣い、フードを深く被る。


 集落の敷居をまたぐと、首から下げた無骨なペンダントに、ぽう、と熱がこもった。


「師匠、反応がありました……!」


「早速か。もしかしたら想像よりも早く見つかるかもしれないな」


 このペンダントはいわゆる探知機だ。自分と何かしら因果を持つ物であれば、探し求めることができる。とはいえ、例の本は僕から何世代も遡った時代のものだから、高い精度は期待できないと思っていた。それがこんな所で反応するなんて、幸先が良い。


「それじゃあ、とりあえず中心部まで行ってみようか!」


 ウキウキと軽くステップを踏み出す師匠に続く。早くも目的が達成できそうな嬉しさに、僕の足取りも少し軽くなる。だが、その軽さもほんの一瞬で奪われることになる。


 どこへ行っても壁だらけ。計画性などみじんも感じられないほど乱立された石小屋のせいで、道と呼べるものが一切ないのだ。もし進みたければ、泥にまみれた臭い石壁に体をこすりつけながら隙間を縫うしかない。


 心底嫌だったが、ずりずりと躊躇なく隙間へ入り込む師匠を見て、もう引き返せないことを悟った。


 観念してしばらく進むと、時折頭上に影が落ちてくることに気付いた。最初は鳥かと思ったが、ふと上を見ると、緑色の小さな人影が屋根の上をポーンポーンと移り渡っていた。


「さっきから見える人影はなんでしょうか。オルグにしては体格が小さいような」


小鬼ゴブリンだよ。この集落にはオルグ族とゴブリン族が共存しているみたいだ。道理でここら辺の建物は小さいと思った」


「ゴブリン……!? 戦時中の強盗はほとんど奴らの仕業ってほど凶悪な種族じゃないですか!」


「あくまで戦時中の話だろう? それに当時の記録なんてお粗末なんだから、信じすぎるのも良くないぞー」


 青ざめる僕を師匠が軽く宥める。そうは言われても、火の無い所に煙は立たないのだから、心中は恐怖でいっぱいだ。もし見つかったら身ぐるみをはがされる程度じゃすまないだろう。


 お構いなしにぐいぐいと進む師匠。幸いなことに、わざわざ住居の隙間に目を向ける者は僕らの他にいなかった。胸を壁にへばりつかせて30分ほど隙間を縫うと、ガヤガヤと雑多な音が聞こえてきた。


 隙間道を抜けた先は、活気ある商店街だった。立ち並ぶ店は10や20じゃ下らない。


 歪な彫像、使い古された棍棒、毒を煮込んだような鍋から怪鳥の生首まで、様々な奇妙が鎮座している。


 そこに大量のオルグとゴブリンたちが連なり、我先にと買い叩いている。


「素晴らしいよ……想像以上だ……」


 師匠は小さく息を漏らした。


「な、なあライリー、私たちもここで買い物してみないか?」


 すらりとした両腕がワナワナと震える。楽しみでしかたがない、といったところか。


「どうやって買うんですか。まさか人間界の通貨と同じわけないでしょう」


 心底呆れながらも、何を買うんですか、とは敢えて聞かないことにする。


「あ、ああ、確かにそうだ。物々交換もできないし……」


 困った、と首をかしげる彼女に、小さな影が音もなく近づく。それをゴブリンだと認識した頃には、すでに手遅れだった。


「……お前、まさかニンゲンぎゃ!?」


 マズイ、見つかった──!


 反射的に師匠の袖を引っ張る。こんな街中で騒ぎになったら、きっとオルグの戦士がすっ飛んできて、骨も残らないくらいズタズタにされるだろう。


「待て、ライリー」


 全力で逃げの算段を組んでいる僕を、師匠は手で遮る。


 ゴブリンは高すぎて途中で折れ曲がった鼻をスンスンと動かした。


「ニンゲン。確かにニンゲンぎゃ。ワシは匂いで分かる」


 甲高くて、ねっとりとした声。歯の隙間から垂れたヨダレが、むき出しの地面に小さなシミを作る。


「私たちは旅の途中でね。君たちに危害が及ぶようなことは一切しない。混乱を起こしたくないから、大事にはしないでくれないか」


 師匠は両手を挙げて、敵意が無いことをアピールした。


「ギィャギャ……」


 ゴブリンは目を細めて、なめまわすように僕たちを吟味した。しばらくして、ニタと口角を上げる。


「ワシの実験台になるなら、大声は出さないでやるギャ」


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