表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第20話 義の炎 ― 西郷隆盛と大久保利通が遺したもの


大和心学エッセイ 魂の羅針盤

第20話 義の炎 ― 西郷隆盛と大久保利通が遺したもの

一 はじめに ― 二人の維新志士が照らした光と影

今夜の歴史番組では、西郷隆盛と大久保利通という、明治維新を支えた二人の巨星が特集されていました。

二人は共に薩摩に生まれ、志を同じくして幕末を駆け抜けました。

しかし、維新後の道は分かれます。

西郷は「義」を貫く道を選び、大久保は「理」と「現実」を選びました。

同じ日本の未来を思いながらも、歩んだ道は正反対――

その対照こそが、日本人の心の奥にある「理と情」「義と利」の永遠のテーマを映し出しています。

二 義の人・西郷隆盛 ― 「己を捨てて民を思う」

西郷隆盛の生き方には、古来の「武士道」の香りが漂います。

彼は常に「」――すなわち「正しき道のために己を捨てる」生き方を貫きました。

明治政府が進む近代化の中で、かつての武士たちは職を失い、不満が渦巻いていました。

西郷はその痛みを見過ごせなかった。

自らが犠牲となってでも、彼らの無念を代弁しようとしたのです。

最期、城山での自刃。

その死は「敗北」ではなく、「義の成就」でした。

彼の死によって、武士の時代は終わりを告げましたが、

同時に「日本人の魂の炎」は、より深く人々の心に宿ったのです。

その炎こそが――侍魂やまとだましい

己の命よりも「正しさ」を重んじる心。

それは今も、日本人の根底に流れています。

三 理の人・大久保利通 ― 国家を背負う冷徹なる知

一方の大久保は、「義」ではなく「理」を選びました。

彼は感情ではなく、国の未来を優先し、冷静に、現実的に判断を下しました。

西郷の反乱を鎮めたのも彼。

かつての友を討たねばならなかったその苦悩は、

想像を絶するものだったでしょう。

しかし彼がいなければ、日本の近代化は遅れ、列強の植民地になっていたかもしれません。

大久保の「理」は、国の命を守る「冷たい情熱」でした。

彼は血を流しながらも、国家を立て直すために尽くした。

それは、**義を捨てて国を守るという“もう一つの義”**だったのです。

四 義と理のはざま ― 今を生きる私たちへ

西郷の「義」と大久保の「理」。

この二つは対立しているようで、実は一つの根に通じています。

それは、「自分のためではなく、世のために生きる」という信念。

一方は心の熱で燃え、もう一方は頭の冷で支えた。

その両輪があってこそ、明治維新という奇跡は成し遂げられたのです。

現代の私たちもまた、日々この問いを生きています。

「心で動くべきか、理で動くべきか」

本当の答えは、どちらかを捨てることではなく、

義と理の間に“情”を見いだすこと。

そこにこそ、「大和心」が息づいています。

五 おわりに ― 義の炎は今も

西郷隆盛の「義の炎」は、今も消えていません。

それは形を変えて、

誰かを思い、誠実に働く人の中に生きています。

一方、大久保の「理の光」もまた、

冷静な知恵として、日本の礎を照らし続けています。

義と理――その両方を内に併せ持つとき、

私たちは真の意味で「侍の魂」に近づくのではないでしょうか。

今日のマントラ

“Be righteous, even when it hurts.”

――たとえ痛みが伴っても、義を貫け。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ