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闇に咲く桃花  作者: しんいち
一章 勝又 江利香

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五話目 呪縛

「鬼を斬る者……?」


桃花の答えに戸惑いながらも私は聞き返した。


「うん!鬼を斬る者だよ。ほら!桃太郎みたいだろ。」


彼の言葉は、あまりにも場違いで、そして奇妙なほどに幼かった。この状況で、「桃太郎」?私の口から、思わず乾いた笑いが漏れた。


「桃太郎……なにそれ、ダサっ」


プッと噴き出すと、張り詰めていた空気が微かに緩む。


「えっ!変かな?僕、あの話し結構好きなんだけど」


桃花は頭を掻きながら、心なしか戸惑ったように答えた。その仕草は、私を襲ったあの悪夢とはあまりにもかけ離れている。彼はゆっくりと私の前に座り込んで手を差し出してくる。


「大丈夫、僕は何もしないよ。ちょっとエリカさんの怪我の様子を見せて貰いたいんだけど、良いかな?」


その声は、驚くほど優しかった。しかし、その優しさは、私を絡め取る甘い罠のように感じられ、一瞬躊躇したが、彼の言葉を受け入れるしかない私は、か細く「う、うん」という言葉を絞り出し彼の手を取った。


彼の指先が、私の手に触れる。ひやりとした感触が走り、全身の毛が逆立つ。彼は、ゆっくりと私の怪我の状態を探っていく。その視線は、私の内側まで見透かされているような錯覚に陥らせた。


「ねぇ!」


私はたまらず、その沈黙を破った。


「なに?」


彼は私の顔を見ずに怪我の様子を確認している。


「あんたさっき鬼って言ってたけど、私を襲ってきたあの影の化け物は鬼って事なの?」


私は、あの忌まわしい先ほどの記憶が蘇り、震えが止まらなかった。


「う〜ん!正確に言うと違うかな。あれは『死害しがい』って言うんだ。怨霊が肉体を得たもの……君たちがいう鬼や妖怪と一緒、みたいな感じかな?」


「しがい?」


初めて聞く言葉に、私の声は上擦った。その奇妙な響きが、得体の知れない恐怖を掻き立てる。桃花は、私の動揺を見透かすように視線を合わせ、淡々と告げた。


「死して害をなす者……それで『死害』と書くんだ」


簡潔な説明が、かえって私の心をざわつかせた。なぜ、そんな存在がこの世にいるのか。なぜ、それが私を襲ったのか。疑問が次々と頭をよぎる。


「何で、そんな者が……」


私が言葉を続けようとした、その時だった。


「あっ!やっぱりあった。」


桃花の呟きは、まるで何かを確信したかのような響きを帯びていた。彼の表情は、先ほどまでの幼さを消し去り、深い苦悩に歪んでいる。


彼の視線の先に、私も目を凝らす。そこには、私の皮膚に刻まれた、奇妙な痕跡があった。鋭い爪で引っ掻かれたかのような、小さな星型の傷。それは、今まで意識することのなかった、微かな痛みと共にそこに存在していた。


桃花は、すぐに周囲を警戒するように立っていたセーラー服の女性を手招きした。


「小夜、ちょっと来て!」


彼女は、「やれやれ」といった諦めの表情を浮かべながら近づいてくる。そして、桃花が指差す星型の傷を確認すると、その無表情な顔に、わずかな緊張が走った。


「桃花様、間違いないと思われます。その傷は『呪縛』です。」


抑揚のない、冷めた声が、その場に響く。しかし、その言葉に含まれた意味は、私の心臓を鷲掴みにするのに十分だった。


「ねぇ!ちょっと、二人で勝手に話進めないで、私にも説明してよ!」


「呪縛」。そのおぞましい響きが、私の神経を逆撫でする。恐怖なのか、苛立ちなのか、自分でも判別できない感情が混じり合い、私は思わず声を荒げた。


桃花は、その難しい顔のまま、ゆっくりと私に向き直る。彼の瞳の奥に、暗い影が揺れていた。


「エリカさん、落ち着いて聞いてね」

その声は、私を宥めるようでいて、同時に冷たい現実を突きつけるかのようだった。


「君は呪縛という呪いにかかってしまったんだ。死害がつける、獲物だという印を」

彼の言葉が、鉛のように私の心に沈んでいく。

印?私が、あの化け物の「獲物」?全身の血が凍り付くような感覚に襲われた。


「その印が付いてると、例えどこにいても、死害は君の事を追ってくるだろう」

逃げ場はない。どこへ行こうと、あの影が私を追い詰める。その事実に、吐き気がこみ上げてくる。しかし、桃花の言葉は、さらに深く私を絶望の淵へと突き落とした。


「そして呪縛はそれだけじゃない。呪いの力で君を蝕み、弱らせていくんだ。逃げられないようにね」

蝕む……弱らせる……。私の身体が、内側から朽ちていくような想像が脳裏をよぎる。


「今すぐどうなると言うのはないけど、間違いなく遅効性の毒のように弱らせ、確実に君の命を奪うだろう。」


彼の声は、まるで死刑宣告のようだった。ゆっくりと、しかし確実に、私の命が削られていく。


あの化け物は、私をただ殺すだけではない。時間をかけて、私を絶望の淵に追い込み、そして、苦しみながら命を奪うつもりなのだ。私の心臓が、恐怖と憎悪で大きく脈打った。



「わ、私、どうしたら良いの……。その呪いって、解く方法なんてあるの?ただ肝試しに来ただけじゃない!、どうしてこんな目に……」打ちひしがれて、それ以上の言葉は喉の奥に引っかかった。


どうして、どうして、どうして……。心の中で何度も叫んでも、その問いに対する答えは見つからない。絶望の淵に沈みかけたその時、桃花の声が響いた。


「一応、呪いを解く方法は、あるんだ!」


その一言に、一筋の希望の光を見たような気がした。私は顔を上げ、縋るように桃花を見つめる。しかし、彼の顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。


懇願するように見つめる私に、桃花は重い口を開いた。


「ただ、少しばかり厄介でね。『名取り』をしなきゃいけない。」


「名取り?なにそれ、教えてよ!何でもするから!」私は必死に食らいつく。


桃花は視線を彷徨わせながら説明する。「う~ん、あの死害の名前を知る必要があるんだ。詳しい話はまた後でするよ。今はまず、あの死害を追わないといけないから、僕と小夜は行かないと行けないんだ。エリカさん、立てるかな?」



桃花の肩に身を預け、私は震える足でゆっくりと立ち上がった。全身が軋むように痛く、疲労が脳髄を直接揺さぶるようで、視界がぐらぐらと揺れる。わずかに体勢を崩しかけた私を、桃花は力強い腕でしっかりと支えてくれた。


「そうそう!」


その声と同時に、桃花がポケットに手を突っ込んだかと思うと、白いスマートフォンを取り出してきた。


「これ、山の中で拾ったんだけど、エリカさんのかな?」


その言葉に、息を呑んだ。確かに、失くしてしまったはずの私のスマートフォンだった。もう二度と手元に戻ることはないと諦めていた、大切な連絡手段。それを桃花が、こんな山奥で拾ってくれていたのだ。凍り付いた心の奥底に、じんわりと温かいものが広がる。なんだか、それがたまらなく嬉しかった。


つい先ほどまで、正体不明の怪物に襲われ、暗闇の山中を逃げ惑い、今にも喰われそうになり、挙げ句の果てに「呪いをかけられた」と告げられ、絶望のどん底に突き落とされたばかりだというのに。そんな渦中で、桃花が届けてくれたこの小さな、あまりにも小さな喜びに、私はただただ感動した。思わずスマートフォンを胸に抱きしめ、枯れかけた声で「ありがとう」と小さくお礼を呟いた。


そして、桃花は私に言った。


「エリカさん、ちょっと手の平を出してくれるかな」


言われるがまま、私は彼に手を差し出す。桃花はにこりと微笑むと、胸ポケットから取り出したペンで、私の掌にすらすらと数字を書き出していく。それは見知らぬ、誰とも分からぬ携帯の番号だった。


「これは……?」


疑問符を浮かべる私に、桃花は答えた。「僕の知り合いの携帯の番号で、『仙道さん』って言うんだ。ここを下れば十五分か二十分くらいで道路につくはずだ。山を降りたら、必ず彼に助けを呼ぶんだ。きっとエリカさんの力になってくれるはずだからね。じゃあ、僕達はあれを追うよ。また後でね。」


桃花はそう告げると、迷いなく踵を返し、「小夜!」とあのセーラー服の女性を呼び、二人して闇深き山の中へと吸い込まれるように消えて行った。


その場には、彼らの気配が消えた途端、何もなかったかのような静寂と、より一層濃くなった暗闇が支配した。「帰りたい……、帰りたい、早くこの山から出たい」。その一心で、私はよろめく身体を引きずりながら、たった一人、山を下り始めた。


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