表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇に咲く桃花  作者: しんいち
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/39

十四話目 現れた死害

 ――そして、奴らは姿を現した。


 俺たちを取り囲むように、山の斜面からぞろり……ぞろり……と影がにじみ出る。

 それは“ゾンビ”という言葉では生温いほどの異形の群れだった。


 青く血の気をなくした顔。

 半分崩れ、骨が露出した者。

 人の身体のはずなのに、腕が三本……いや、四本、肩から背中から不自然に突き出ている奴までいる。


 腐敗の臭いと鉄の匂いが混じり合い、喉の奥を掴むような気持ち悪さが込み上げてきた。


「う、うわ……なんだよ……あれは……」


 震える声で言うと、桃花は俺の前に一歩進み出て、

 “ヌルリ”と音がしそうなほど滑らかに刀を抜いた。


「うん。あれが――怨鬼だよ。

 ……しかも、今日はちょっと面白い奴が混ざってるね」


 桃花の声音はどこか浮かれてすらいた。


 俺は視線を怨鬼の群れに戻す。

 その中心、ひときわ異形の塊が揺れていた。


 二メートル……いや、三メートル近い巨体。

 左右に二本ずつ、生えていると言うより“融合して並んだ”ような巨大な四本の腕。

 頭部には、潰れたような人の顔が複数くっつき、泣き声とも呻き声ともつかぬ音が絶え間なく漏れている。


 その身体の表面からは、黒い“煙”がゆっくりと漏れ続けていた。

 まるで生きた瘴気だ。


統怨(とうえん)……か。

 ふふ、これは本当に面白くなってきたよ」


 桃花がふっと口角を上げた。

 その笑みは、普段の砕けた雰囲気とはまるで違う。

 ――人間が戦いを前にして浮かべる表情じゃない。


「桃花、お前……大丈夫かよ……」


 俺が戸惑いを飲み込む間にも、桃花は視線を怨鬼から外さず言った。


「戦闘が始まってしばらくしたら、作戦通りに工場の中へ。

 小夜もすぐ来るだろうし、入ったら――例のやつ、よろしくね」


「わ、わかった……」


 桃花は俺の返事を聞き終える前に、刀を肩に軽く担ぎ、首をぐるりと回した。

 その仕草はまるで、これから遊びに行く子供のように軽い。


 そして迷いなく怨鬼の群れへ踏み込む。


 構えを取ると、桃花の刀身が――

 青白く、月光のように光を帯び始めた。


「いくよ」


 低く呟き、桃花が横一線に刀を振る。


「――ヒュン……ッ!!!」


 次の瞬間、空気が裂けた。


 青白い斬撃が一直線に走り、

 怨鬼の群れを “薙ぎ払った”。


「ゴゴゴゴゴゴッ!!」


 光の軌跡に触れた怨鬼たちは、胴体と下半身を一瞬で切り離され、

 胴体は宙高くと舞い上がったかと思えば、黒い霧へと溶けて消えていく。


 肉が裂ける音すら追いつけない速度だった。


「ヒャッホォォォオオ!」


 桃花が歓喜に満ちた雄叫びを上げる。

 その顔は――おそろしいほど楽しそうだった。

 まるで、獲物の群れに飛び込む獣のような、異様な笑顔。


 さらに斬撃が空を走り、怨鬼が次々と霧へと還っていく。


 その時――


 森全体がざわめいた。


 葉が逆巻き、枝が鳴り、暗闇が揺れる。

 ぞろぞろ……ぞろぞろ……と何十もの“目”が、闇の奥で一斉に開いた。


 赤い光点。

 ぼうっと揺れる、燃えるような紅の目。


 山肌の闇が凝ったように揺れ、影が形を持つ。


「っ……またかアイツら……!」


 俺は思わず後ずさった。


 そこへ、黒い影が人型を保ったまま、ぬるりと木々の間から出てくる。

 その全身を赤黒い炎のようなオーラが包み、俺たちを見下ろすように立った。


「狒々王……」


 桃花が呟く。


 キャンプ場で俺たちを見下ろしていた、あの影だ。

 だが、今回は――一体だけじゃない。


 十体、二十体……

 いや、それ以上の数。

 赤い目が森の奥から次々に浮かび上がり、怨鬼へと襲いかかる。


 影たちは獣のような速度と凶暴さで怨鬼を引き裂き、踏み砕き、ばらばらにしていく。

 その光景は戦闘というより、虐殺だった。


 俺は喉がひりつき、冷や汗が背を伝うのを感じた。


(やばい……やばい……! こんなの正気で見ていい光景じゃない……!)


 胃液が込み上げる。

 視界が揺れた。


 だが桃花は――笑っていた。


 怨鬼を切り裂きながら、狂気じみた興奮をそのまま顔に乗せて。


「コウジさん! 行って!」


「っ……ああ!」


 ようやく桃花の言葉を思い出し、俺はふらつく足を必死に動かし、工場の中へ走り出した。


 背後では、怨鬼と狒々王の群れがぶつかり合い、

 金属の悲鳴のような叫びと、獣のうなり声が響き続けていた。


 俺は工場の暗闇へと足を踏み入れた。

 外の喧騒が嘘のように、内部は異様な静けさに包まれている。


 どれほど巨大な機械が並んでいようと、まるで死骸のように沈黙し、ここだけ時間が止まったかのようだ。


 ゆっくりと、建物の奥――中央へ向けて歩を進める。


「カチャ……カチャ……カチャ……」


 足元で、散らばったガラス片が乾いた音を立てた。

 踏むたびに、暗闇がわずかに揺れる気がして、心臓がひどく脈打つ。


 目が徐々に慣れ、月光が窓から細く差し込んでいるのがわかる。

 その淡い光が、散乱した鏡片を鈍く照らしていた。


(……もう、いるはずだ)


 怨鬼の大群の中に佳奈はいなかった。

 ということは――鏡の中、あるいはこの工場のどこかに潜んでいる。


 息を飲むほどの静寂。

 空気に微かに混じる、金属と土埃の匂い。

 その中に、どこか“呼吸”の気配……気のせいではない。


 そして俺は叫んだ。


「おい、佳奈! いるんだろ……出てこいよ!

 話がしたいんだ。ここには俺だけだ……早く出てこい!」


 桃花に言われた通り、挑発だ。

 佳奈を鏡の外へ引きずり出せ――それが俺の役目。


「おい……このストーカー野郎……!

 殺しても付きまといやがって、ビビってるのか?

 春香の敵を、とってやるから……出てこいよ、コラ!」


 声は工場の奥へ吸い込まれるように響き渡った。

 だが返事はない。


 焦りが喉の奥でひりつき、息が荒くなる。

 もう一度、叫ぼうとしたその瞬間――


「……ガチャリ」


 背後で、大きな何かを踏み潰す音がした。

 反射的に振り返る。


 床一面に広がるガラス片。

 その中心で――巨大な手が、倒れた機械をしっかりと掴んでいた。


 さらに、もう一本。


 地面から“生える”ように、腕がゆっくりと伸び、

 爪がギチ……ギチ……と床をひっかいた。


(……出てきた)


 背筋に氷柱を押し込まれたような感覚。


 外からは、まだ桃花の戦闘音が微かに聞こえる。

 小夜は……まだ来ていない。


 俺は後ずさる。

 だが背中に硬い機械がぶつかり、それ以上は下がれなかった。


 ギリ……ギリ……ギリ……


 鏡片が蠢き、一つの影が這い出る。


 先に見えたのは――長い髪。

 次に、裂けた口。

 そして角。

 最後に、赤い、溶けた鉄のような瞳が俺を射貫いた。


「ひ……っ」


 もう佳奈ではない。

 名残と言えば、髪の長さくらい。


 黒い瘴気が口から漏れ、顔は般若の面のように歪み、

 のそり、と足を踏み出すたびに、ガラスが悲鳴のような音を立てた。


「桃花……桃花ッ……早く……!

 小夜は……小夜はどこにいるんだ……!」


 助けを呼ぶ声は情けなく震え、

 佳奈は――いや、“それ”は、俺を見てニタリと笑う。


 赤い目が細められ、闇がその奥へ沈む。


「……浩二。

 待たせて、ごめんね」


 佳奈の声だった。


 そのあまりの異様さに、俺は喉から勝手に悲鳴を絞り出していた。


「うわああああああああッ!!」


 足がすくむ。

 体は意志と無関係に崩れ落ち、

 俺は四つん這いのまま入り口へ向かって必死に這った。


 ガラス片が手のひらに食い込み、血が滲む。

 痛いはずなのに、恐怖がすべてを麻痺させる。


「助けて……助けて……誰か……!」


 涙で視界が滲む。

 それでも前へ進もうとした瞬間――


「……つかまえた」


 足首に、冷たくも生々しい指が絡みついた。


「う、うそ……だろ……」


 振り返れば、佳奈はすぐ後ろにいた。

 音もなく、ゆっくりと追ってきていたのだ。


 俺は爪を床に立て、必死に耐えようとする。

 だが身体はまるで滑ってしまうように前へ進まない。


 逆に、捕まれた足が一直線に“引かれていく”。


「やめろ……やめろやめろやめろ……ッ!!

 助けて……助けてぇぇぇぇ!」


 最後の抵抗として床を掴んだ瞬間――


 俺の身体は、一気に弾かれたように後ろへ引きずられた。

 まるで巨大な獣に噛まれたかのように、圧倒的な力で。



-

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ