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闇に咲く桃花  作者: しんいち
第二章

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十二話目 前日

 あれから二日ほどが過ぎたが、状況は何ひとつ変わらなかった。

 山の暮らしには、さすがに少し慣れてきた。今の俺は、桃花に教わった薪割りの練習をしながら、額の汗をぬぐっている。


 桃花とはあれからよく話した。

 YouTubeの話、高校生活の話――そして妙に多かったのが大学の話だ。


「高校生も悪くないんですけどね。みんなでお酒飲みに行ったり、大人の女性を彼女にしてみたり……あと講義室で、彼女が隣で真面目にノート取ってるのを横目に見るとか。ああいうの、憧れるんですよ。」


 どう聞いても動機は不純だ。

 だが、そんな夢を語る桃花はどう見ても普通の男子高校生そのもので、思わず笑ってしまう。


 そして夜になると、山小屋の中で桃花はまるで怪談会のように「死害」の話を語ってくれる。

 もちろん、すべて実話だ。だから恐怖も段違いだった。


 今も、薪割りをしながらその話の続きだ。


「『呪縛』ねぇ。」


「はい。死害が獲物に“印”をつける呪いの一種ですね。星型が多いんですけど、格子模様や名前を刻むものもいます。……ちなみにコウジさんには無かったですよ。ほら、一緒にお風呂に入った時に確認しましたし。」


 妙に堂々と言われ、思わず顔が熱くなる。

 同時に、ほんの少し安心した。


「でも呪縛にかかると厄介なんです。専門職じゃないと解けませんし、死害を倒しても呪いは残ります。ひどい場合は……呪縛を受けた人に“成り代わる”こともある。」


「生まれ変わる……転生ってことか?」


「まあ、そんな感じです。」


 聞けば聞くほど、俺が狙われている状況の異常さを思い知らされる。


 大きく息をつき、斧の柄に体重を預ける。

 木々の隙間からこぼれる光が地面を照らし、俺は都会では吸えないほど澄んだ空気を肺いっぱいに取り込んだ。


 ――このまま山の中で暮らせたら。


 束の間の平穏は、確かに心地よい。

 だが桃花は言った。


 死害は、絶対に諦めない。


 不死に近い肉体。

 人と違う時間の感覚。何年でも、何十年でも追い続けてくる。


 ここで暮らし続けても、それはただ――山という牢獄で怯えて老いていくだけだ。

 桃花だって、いつまでも俺に付き合ってくれるわけじゃない。


 どのみち、終わらせるしかない。

 佳菜を――あの化物を。


「桃花様」


 不意に声がして、俺は振り向いた。

 気配もなく、小夜が俺たちの背後に立っていた。


「おお、小夜。久しぶり。ってことは……見つかったのかい?」


「はい。」


 静かに、短く答える。


 “見つかった”。


 その意味を、俺は理解した。


 ――佳菜と戦う場所が決まったということだ。

 俺の心臓は、いつまでも落ち着く気配を見せなかった。

 緊張で身体がこわばり、胸の奥がぎゅっと縮む。だが、もう覚悟を決めなくてはならない。運命は、立ち止まる俺を待ってはくれない。


 気合いを入れるため、自分の頬をパンパンと叩く。


 ……よし。


 作業を切り上げ、桃花と小夜の元へ歩み寄る。


 決戦の場は、ここから少し離れた廃工場だという。小夜の話では、潰れて日は浅く、建物の規模も大きい。しかも、人里から遠い。

 新しめの廃墟ゆえ、ガラスや鏡もほとんど割られず残っているらしい。


「でも、佳菜……あの死害からしたら、割れてたほうが誘いやすいんじゃないのか? いろんな所から現れやすいだろ」


 俺が疑問を投げると、小夜はあっさり頷いた。


「はい。ですので、割っておきましたわ。鏡も、別の場所から大量に運んできて散らしてあります。エサが食いつきやすいように」


 彼女はにこやかに、まるで料理の仕込みでも語るように言った。


 ――エサ。

 間違いなく、俺のことだ。


 顔が引きつる俺の横で、桃花が質問を投げた。


「それで、“例の仕掛け”は?」


「はい、もう少しで完了します。量が多くて手間取っていますが、今日中には」


(……仕掛け?)


 聞かされていないが、桃花の不敵な笑みを見る限り、万全の策なのだろう。

 深く考えるのはやめた。俺はただ、エサとしての役割を果たせばいい。


「それで、俺は……どう動けばいいんだ」


 覚悟を腹の底で押し固め、二人に問う。


 ――作戦会議を終えた俺は、一足先に風呂へ入った。


 黒い影――狒々王が作ったという、即席の露天風呂だ。

 川辺に石を積み、焼けた石を沈めて湯をつくる簡易風呂。お湯は少しぬるいが、川に直接入るよりは天国だ。


 西の空が、夕暮れの気配を帯びはじめていた。

 俺はぬるい湯で顔を何度も洗い、明日の作戦を頭の中で反芻する。


 決行は明日の夜。

 工場の外で待ち伏せし、怨鬼たちが集まったら、俺が工場内へ逃げ込む。

 そこからは――。


「コウジさん」


 背後から、桃花の声が落ちてきた。


「小夜は帰ったのか」


「うん。さっきね。明日は現地で待つってさ」


「……そうか」


 遠くを見つめながら、息のようにつぶやいた。


「緊張してる?」


 桃花の問いに、俺は黙って頷いた。


「大丈夫。明日は作戦どおりにやればいけるよ。僕もいるし、狒々王も応援に来てくれるからね。バッチリさ」


 胸を張ってどや顔をする桃花。

 その無邪気さに、少しだけ肩の力が抜けた。


「ねぇ、お湯、ぬるくない?」


 桃花が湯に手を入れ、眉をしかめた。


「ぬるいよ」


「やだ、熱くしようよ。僕、熱いの好きなんだから」


「ああ、そうしよう。最後の夜だしな。思い切り、グツグツにしてやるか」


 俺は笑い、彼の提案にうなずいた。


 ――そして、最後の晩餐。


 といっても、カップラーメンと残ったお菓子、そして一本だけ残っていた缶ビールだ。


 桃花は小夜に頼んでいたらしいジンジャーエールのキャップを開ける。


 それに合わせ、俺も缶ビールのプルタブをプシュと開け、桃花の前に差し出す。


「明日は……よろしくな」


「了解!」


 桃花は明るくペットボトルを掲げ、缶にコツンと合わせた。


 夜の帳が降り始め、山を包む気配が深くなる。

 焚き火の火の粉がぱらぱらとはじけて、暗い空へと消えていった。


 ――この静かな山の夜も、今日で終わりだ。


 俺は、揺れる炎を眺めながら、

 明日訪れる決戦の影を、胸の奥でそっと抱きしめた。


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