十三話 私にかけられた呪い
「う、う~ん……」
車内で、私はゆっくりと目を覚ました。どうやら考えているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
眠い目をこすりながら車の外を眺めると、そこは高速道路の真ん中だった。
私が目を覚ましたことに気づいた仙道さんが、優しく声をかけてくる。
「おはよう!と言ってもまだ夜なんだけどね」
「えっ!いま何時なの?」
「まだ夜の10時前くらいかな」
随分と長く眠っていたような気がしたが、あの出来事からまだ1時間ほどしか経っていないことに驚いた。
「おじさん、どこに向かってるんですか?」
「おじさん……せめて仙道と呼んでくれよ」
仙道さんは苦笑いしながら続けた。
「今は君のお祓いができる特別な場所に向かっているんだ。でも、その前にパーキングエリアに入って休憩を取ろうと思ってね。時間的に店が開いてるかは分からないけど、確か少し先ののパーキングエリアにはコンビニがあったはずだからさ」
彼はちらりと私の方を見た。
「とりあえず飲み物と食料を買っていこうと思ってね。エリカさんもお腹空いたでしょ?友達があんなことになって、もしかしたら食欲ないかもしれないけど、まだこれからちょっと忙しくなるからね。ご飯くらいは食べないと」
仙道さんの優しい気遣いに、張り詰めていた気持ちが少しだけほぐれていくのを感じた。
「あ、あの……仙道さん……」
私は尋ねた。
「桃花は、桃花たちは大丈夫なんですか?私たちだけ先に逃げてきたけど……」
おそらくは無事だろう。そう思ってはいたが、念のための確認、そして彼らの正体を少しでも探るために、私は当たり障りのない質問を投げかけてみた。
「彼なら大丈夫だと思うよ。彼強いしね、すぐに撤退するって言ってたから、一旦退いたんじゃないかな」
仙道さんは柔らかく笑いながらそう言った。
それでも、私にはどうしても気になっていることがあった。
「ところで……なんで彼、止めを刺さなかったの? それに、あれだけの戦闘で刀を一度も抜かなかったのも、ちょっと……」
それは戦いを見ていた私が、終始引っかかっていた疑問だった。桃花は確かに刀を帯びていた。だが最後まで、その刃を抜くことはなかった。
仙道さんは「ああ」と軽く頷き、少しだけ表情を引き締めた。
「それは『呪縛』のためだね。桃花くんから、『死害の呪い』については、ある程度聞いてるんじゃないかな?」
「ええ……まあ、少しだけ」
私は曖昧に答えつつ、思い出せる限り、桃花から聞いたことを口にした。
『印』、それと『遅効性の毒のような呪い』……。
彼が教えてくれたのはそれくらいだった。呪いを解く方法『名取り』については、「後で話す」と言ったきり、それっきりになっていた。
仙道さんは静かに頷くと、声の調子を少し改めた。
「なるほど……じゃあ、私から『名取り』について話しておこうか」
そう言うと、仙道さんはわずかに息を吐き、闇に溶けるような声で語り出した。
「『呪縛』というのは、死害が操る呪いの一種だ。呪われた者に、自らの『名』を刻み込むことで始まる……。私はまだ見てないけど、桃花くんの話だと君の腕にある、星のようなあの傷。それが『死害の名』だよ」
思わず自分の腕に手をやり、ギュとそれを握った。
「普通の人間には、ただの珍しい傷にしか見えないけど、死害にとっては、それが『名』なんだ。君に刻まれた印……それが呪いの証だよ」
しんとした空気が張り詰める中、バックミラー越しの彼の目が私の視線と合った。
「『名取り』とは、その刻まれた名を奪い取り、逆に死害へと返す儀式なんだ。単に名を奪うだけじゃ終わらない。返すことで、呪いを元のところに返す。いわば呪い返しの一種だね」
「返す……? それって、どういう……?」
私の問いに、仙道さんはゆっくりと頷き、やや言葉を選ぶように口を開いた。
「呪縛は、完全に祓うこともできなくはない。でもな……強すぎるんだ。その力は、並の術者では浄化に数年かかる。それだけの時間、呪われた者が生き延びられる保証はない。だから、名を取ったら、そのまま返す。呪い返しとして」
彼の語る言葉が、妙に重く、胸に沈む。
「それなら……その死害を倒せば呪いも消えるんじゃ……?」
私は少し興奮気味にそう言った。だが、仙道さんは眉をひそめ、声を潜めるように続けた。
「それができれば、一番楽なんだけど……でも、違うんだ。この『呪縛』は、死害を滅ぼしても終わらない。むしろ、返せない呪いは、名を刻まれた者のところに戻り呪い続ける。まるで、死んでもなお、その刻まれた『名』が、怨念を送り続けるかのように……」
息をのむ私を見つめ、仙道さんはさらに低く語った。
「……そして、中には、その呪いを媒介にして、死害が呪われた者の体を乗っ取ることもある。奴らは死してなお、生者の皮をかぶり、生き延びようとするんだ」
ぞわりと背筋が震える。今、自分の体に巣食う何かが、こちらを内側から見つめているような錯覚に陥る。
「桃花くんがあの死害を倒さなかった理由……それは、そういうことだよ」
仙道さんの言葉が終わると同時に、車の空気が一段と冷たくなった気がした。
私に刻まれた呪いの大きさに震えがきた。
私はとんでもない呪いにかかっていたのだ。
その時、彼らを探っていたはずの私に、仙道さんから聞かれたくない質問が飛んできた。鋭い矢のように私の心臓を射抜く問いに、全身が硬直する。
「エリカさん、君はあの死害の名前……『健児』って言っていたよね。彼は何者なんだい?知っている人だよね」
「え!、あ……、は、はい……」
私の声は上ずり、言葉が喉の奥にへばりついて出てこない。私は、知らず知らずのうちに、両手を強く握りしめていた。爪が手のひらに食い込み、痛みが走る。私の罪、私たちが行った罪を告白するのを、私はためらってしまった。
仙道さんは、私の動揺を見透かすように、しかしあくまで冷静に言葉を続けた。
「教えてくれるかな。背景が分からなくても『名取り』はできるけど、君が狙われる理由が分からないと、この事件は解決できないからね」
彼の言葉は、まるで私が彼にしたことをすべて見抜いているかのように響いた。もしかしたらこの人は、すべて感づいているのかもしれない。懺悔室で罪を告白するかのように、私は重い口を開いた。
「……はい。あのぅ……私……、私たち……、か、彼のことをいじめていたんです。執拗に……不登校になるまで」
私の心臓が、ドクンドクンと早鐘のように脈打つ。それは、罪の重さが私を押し潰そうとしている音だった。過去の忌まわしい記憶が、鮮明な映像となって脳裏を駆け巡る。
苦しむ健児の顔、私たちの嘲笑、そして、彼の中に宿ったであろう深い憎しみ。すべてが、今、私を襲う呪いの根源なのだと、改めて突きつけられた気がした。
「いじめかぁ……、それで切っ掛けはなんだったの?彼が何かしたとか……」
仙道さんのその問いかけに私は一瞬答えに詰まった。
それは些細な……、理由にもならないような私の身勝手な理由だった。




