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9話 ファンとの間接キス

 遠い場所から何かが鳴る音が聞こえて手を動かす。


 ぼんやりとした頭の中で鳴っているのは手の中にあるのだと気付いた。


 目を開けて画面を見れば世奈ちゃんから着信が入っている。意外と早かったなと思いながら電話を取れば慌てたような声が耳に入った。


「大丈夫ですか!?」

「…大丈夫よ。もう着いたの?」

「着いてメッセージ送ったんですけど、全然既読にならなくて電話かけちゃいました」

「えっ?メッセージ?」


 私は電話を繋いだ状態でトーク欄を確認する。すると10件ほど世奈ちゃんからメッセージが届いていた。


 「着きました」から「何かありました?」など後半になるにつれて過度に心配する文章が送られている。


 手に持っていたのにも関わらず電話が来るまで全然わからなかった。私は謝りながら寝転がった状態で部屋の番号を伝える。


 元気の良い返事と共に電話を切った後、一気に脱力した。


「まだ熱はあるわね…」


 怠さは朝の状態と変わってない。でもそれ以上に辛くなっている様子は無いので薬さえ飲めば明日は元に戻っているだろう。


 そう思っていると部屋の扉がノックされる。無理矢理体を起こして手櫛で髪を整えながら私は扉を開いた。


「ありがとう。助かったわ」

「い、いえ…!」

「とりあえず入って廊下で立ち話は他の人の迷惑になっちゃうから」

「はい!」


 コンビニの袋を下げている世奈ちゃんは緊張した様子で部屋に入る。前髪が少し濡れているので外は結構暑かったのだろう。


 クーラーの効いた部屋で少し休ませればこの子の体力も回復するはず。ビジネスホテルの狭い空間だけど、1人増えるくらいならギリギリ大丈夫だ。


「これ頼まれた物です。体温計と解熱剤、ゼリー。あと一応スポドリとお水も買ってきました。水分摂らないと体にも悪いので」

「本当にありがとう。頼める人が居なかったから貴方が居て良かったわ」

「勿体無いお言葉です…!」

「そこに突っ立ってないで椅子に座って。少し涼んでいってちょうだい」

「はい」


 袋を受け取れば欲しかった物全てが入っているのがわかる。私は常備されている小さな冷蔵庫に水分とゼリーを入れていると途中で手が止まった。


「……私ってアイドルの時、好きなゼリーの話をしたかしら?」

「個人のブログでしてましたよ。桃のゼリーが好きだって言っていたのを覚えてました」

「ありがとう。2種類も買って来てくれるなんて嬉しい」

「気に入って貰えて良かったです。コンビニのだから味は普通だと思いますが」

「その普通さが今は身に沁みそうね。早速頂くわ」

「あたしのことはお気になさらず食べてください!」


 まさか何気なく書いたブログの話題を覚えていてくれていたなんて。やっぱりファンの人は単純で凄い。


 でももし世奈ちゃんが今でも私を推してくれなかったら、好きなゼリーの話なんてとっくに頭から消えていたのだろう。


 この子は私がアイドルを卒業しても推してくれている。それが桃ゼリー1個で伝わってしまった。


「ん。美味しい」

「良かったです。ゼリーなら食べれそうですか?」

「ええ。これを食べれば薬も飲めるわ」

「多く並べられていた解熱剤にしちゃったんですけど、このメーカーは平気ですか?」

「問題ないわ。特にこれと言ったこだわりは無いの」


 ベッドに腰掛けてゼリーを食べれば桃の甘い味と瑞々しさが口の中に広がる。これは白桃だろうか。とても美味しい。


「外暑かったでしょう?」

「はい。でも駅周辺は日陰が多いのでそこを通ってきました」

「バスは捕まえられた?」

「バス停に行ったら1時間後に来る予定しかなかったので……」

「わざわざ歩いて来てくれたのね。暑い中申し訳ないことをしたわ」

「全然大丈夫です!徒歩でも行ける距離ですし、コンビニにも寄ったから休憩はしています」

「そう」


 食べ物を摂取したからか、少しだけ体が楽になってきた気がする。


 後6日程このホテルで寝泊まりする予定だから万が一に備えて軽い食べ物を買い置きした方が良いかもしれない。

 今日みたいに予定が狂う可能性も十分にあるのだから。


 私はゼリーを食べ進めていると世奈ちゃんからの強い視線を感じて顔を上げる。


 目が合った世奈ちゃんは小さく肩を跳ね上げてすぐに目を逸らした。


「食べたい?」

「いえ!それは凛奈のご飯なので!」

「1口くらいなら食べても構わないわ。でも感染性のある風邪だったらうつる場合もあるのよね」

「まぁ凛奈の風邪だったら喜んで貰いますけど…ってダメです!それは凛奈が食べてください!」

「今のところ咳や鼻水は出てないし喉も痛くない。単なる疲れによる熱だろうからそこまで心配しなくても大丈夫ね」

「聞いてますか?」

「桃の部分食べる?……世奈ちゃん。はい、あーん」

「ううっ…」


 私は前の椅子に座っている世奈ちゃんへスプーンを持っていけば顔を赤くしながら震え出す。


 しかし数秒後、観念したように小さく口を開けてくれた。


 そんな世奈ちゃんを見て悪戯心が湧いてきた私は、わざとスプーンを口の中に押しやって白桃を食べさせる。


 多分この子はスープを流し込むように食べると思っていたのだろう。極力口を付けないように。


「美味しい?」


 世奈ちゃんの口からスプーンを取ると、固まったように動かなくなる。私の悪戯がわかってしまったようだ。


 私は何とも思わないようにまたゼリーをスプーンで取ると今度は自分の口に持っていく。


 ゼリーを口に含んだ瞬間、世奈ちゃんは恥ずかしそうに顔を隠した。


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