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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
12章 千秋楽
76/81

76話 最始

 プツリと消えた電話。スマホの画面はトーク欄へ戻っている。


「来てくれるの…?」


 放心状態になっていた私は世奈ちゃんが言ってくれたことを頭の中で繰り返す。


 色んな会話が脳内を流れるけど、結局世奈ちゃんが来てくれるということしか認識出来なかった。


「世奈、ちゃん」


 私はスマホをベッドの上に放り投げて足を床につける。暖かい物に包まれていた身体は一気に冷えてしまったけど、それでも立ち上がった。


 繋がれた点滴を引き連れながら個室の扉へ向かう。 1日の大半をベッドの上で過ごしている私は思うように力が入らない。


 多少食べているはずなのに全く取ってくれない点滴は、食べている“はず”の現実を突きつけていた。


「少しでも早く…」


 きっと私の自宅に居るであろう世奈ちゃん。あそこからこの病院までの時間を考えると部屋から出るのは早いのかもしれない。


 しかし1秒でも時間を縮めたい私は薄暗い廊下を静かに歩いて行った。


「……はぁ、辛い」


 部屋から出てそんなに距離はない位置で私は立ち止まる。こんなに体力が落ちてしまっていたのか。


 スターラインの曲を踊っていたあの頃の私が見ればあり得ないと言うだろう。こんな数歩の距離で息を上げているなんて。


 それでも1歩ずつエレベーターホールへ向かう。


「っ…」


 すると目の前が一気に歪んだと思えば涙が溢れ出てきた。


『あたしが凛奈の側に居るのはダメなんです』


 理解してないつもりだったけど次第にその意味が私へ染み込んでくる。


 なんでそう思ってしまったのか。そう思わせてしまったのか。


 原因は私にあった。


 もし倒れてなかったら。もし松野さんとスムーズに話し合えていたら。


 過去は取り戻せないのに“もしも”の理想が止まらない。


『これは自分で選んだんです。初めて自分から動いたんです』


 顔を見なくてもわかる世奈ちゃんの本心。よくよく考えれば世奈ちゃんを東京へ連れ去ったのは私だ。あの時、手を絡め取って誘拐したのは…。


「っ、もう何で…!!」

「篠崎凛奈さん?」


 苛立ちで呟いてしまった声と共に誰かに話しかけられる。顔を上げれば看護師さんが驚いた様子で私を見ていた。


「ど、どうかしましたか?」


 もしかしたら若い女性の看護師さんはアイドルの篠崎凛奈を知っているのかもしれない。


 緊張しながら近寄ってくるその姿は、握手会に来た世奈ちゃんを思い出させた。


「えっ泣いて…」

「ごめんなさい。今から会いに来る人が居るんです。面会時間過ぎているのはわかります。でも見逃してくれませんか?」

「ええっと」


 まさかこの時点で抜け出したことをバレてしまうとは。それでも私は世奈ちゃんに会いたい。


 涙を拭かずに頭を下げると慌てたような看護師さんの声が聞こえた。


「とりあえず部屋に戻りませんか?顔色凄く悪いですよ」

「せめてエレベーターホールの所まで行かせてください」

「でも…」

「お願いします」


 涙を流し続けながら私はまた1歩足を踏み出す。看護師さんは支えようと背中に手を添えた。


 しかし安心は感じられない。やはり私は世奈ちゃんじゃないとダメなのだ。


 もうこの際、依存していても構わない。今は絶望したように俯きながら前へ進むだけだ。


「あの子に会って話がしたいんです」


 触れたい。壊しても良いから私の側に来て。ボロボロの心に触れてくれるのはいつだって世奈ちゃんなのだから。


 すると隣に居た看護師さんが「あっ」と声を出す。次の瞬間、前から飛び込んできた何かに私は抱きしめられた。


「世奈…」


 考えなくてもわかる大好きな人の温もり。何でこんなに早いのだろう。


 浮かんでくる感情は疑問と悲しみ、そして怒り。


 それでも私は縋るように片手で世奈ちゃんにしがみついた。


「世奈」

「凛奈、あたしはここに居るよ」


 私が何度も世奈ちゃんに伝えた言葉。嬉しいはずなのに“ずっと”とは付けてくれないのかと不安にも思ってしまう。


 けれど小さくしゃくりあげる私の口からは何も出てこなくてひたすらに涙を流すだけだった。


 そんな私の側では世奈ちゃんと看護師さんの会話が聞こえる。


 ちゃんと耳に入れてしまうと辛い現実に戻ってしまうような気がして私は世奈ちゃんの体温と香りに意識を向けた。


「凛奈、行きましょう」


 世奈ちゃんはそう言って私の片手に自分を手を絡める。次に手を引っ張られるのは私だった。


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