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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
10章 17歳のヒーロー気取り 〜松野世奈〜
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66話 “離れたい”からくる焦り

「なるほどね。ここ何回か松野さんとお話しして、松野さんがどんな人生を歩んでいたかある程度把握出来たよ」


 カウンセリングの先生は優しい表情を変えずにキーボードを打っている。


 きっとあたしが話した内容全てがあのパソコンに表示されているのだろう。


「大変だったね。本当によく頑張った」


 あたしの過去を慰めてくれる言葉を聞く度に、壮絶な人生を歩んでいたのだなと確信に変わっていく。


 しかし返す言葉は未だに見つからなくて小さく頭を下げて反応した。


「とりあえず、これからも何回かカウンセリングを重ねていくことをお勧めするよ」

「はい」

「うん。焦っているね。何となくわかる」

「わかるんですね…」

「これからも何回かって言った時に顔が変わったように思えたから。松野さんぶっきらぼうって言う割には顔に出やすいよ?」


 先生は丸みのある手でEnterキーを押すと椅子の背もたれに寄りかかる。


「恋人さんもあまり調子良くないんだっけ?」

「はい。さっき会ってきましたけど、また痩せた気がして」

「きっと顔色も相まって細々と見えるんだろうね。もしかしたら近々カウンセリングに来る可能性もあり得るかな」

「………」

「松野さんは何も悪くないよ。むしろ被害者側だからね」


 そう。周りから見ればあたしは被害者だ。両親に縛られながら虐待されて、ついこの前まで自由を失っていた身。


 けれど最近、あたしは被害者でもあり加害者でもあるのかなと考えてしまう。そうじゃなきゃ凛奈は……。


「松野さん」

「は、はい」

「自分の中で認識を変えるのは時間がかかるし大変だ。でもこれは頭に入れておいて。松野さんは自分に追い詰められる必要はない」

「…はい」

「まぁ今の松野さんが欲しいのはそんな励ましの言葉じゃなくて現実的な解決策だよね」


 やはりプロの先生は凄い。あたしが求めているものを感じ取ってくれる。


 これも長年の経験によるものなのだろうか。そう考えるとあたしのような人が他にも沢山居るということに繋がる。


 それが心強さに変化するわけではないが、その人達のお陰でスムーズに話が進められているとなれば良いように受け取れた。


 何度も先生に注意されているけど、焦っているあたしからすればスムーズなカウンセリングはありがたいことだ。


「さっき言っていた叔父さんとの件だけどさ。叔父さんとの関係性ってどんな感じ?」

「あまり親しくはないと思います。父方の祖父母も頻繁に会う人じゃなくて、高校に入ってからは全く会ってません」

「なら仮にこれから共に暮らすってなるとかなりのストレスにはなってしまう?」

「…怖いです」

「そっか。その怖いを深掘りしても良い?」


 あたしは頷いて頭の中で叔父さんを浮かべる。凛奈やお母さん達とは違って、安心感も親近感も生まれることはなかった。


「叔父さんも、お父さんみたいになるんじゃないかって思って」

「そうだよね。そう思うのも無理はない」


 すると先生はまたキーボードをカタカタと鳴らしてパソコンを操作する。


 そしてテーブルに置いてある紙に何かを書き出した。


「児童心理治療施設って単語は知ってる?」

「わからないです」

「児童養護施設と似たものなんだけどね。主にここに通う子供達は心理的問題があって、社会に出るのが難しいっていうものを抱えているんだ」

「初めて知りました…」

「これはあくまで解決策の1つね。この施設は原則として18歳までが多いけれど、特別で20歳まで入所出来る仕組みがある。入所すれば職員の人達が自立の援助をしてくれるっていうのが簡単な説明かな」


 自分でも目が輝いたのがわかる。


 児童養護施設は聞いたことがあった。地元から出てふとした時に、思い浮かんだ単語。でもその時は元気な凛奈と暮らしていたから縁がないものだと思い込んでいた。


 しかし今の状況は違う。凛奈から離れられて、自立のサポートを受けられる児童心理治療施設。そんなの現在のあたしにピッタリではないか。


「先生…!」

「はいストップ。確かに今の松野さんには理想的な場所なのかもしれないけど早まったらダメ」

「あっ、はい」

「一応こういう選択も出来るって意味で教えたけど、こうすれば正解ではないよ。あくまでこれは松野さん1人の意見で見出した答えね」


 先生の冷静な話にあたしの上がった熱は収まってくる。身を乗り出そうとしてしまったのが恥ずかしくて小さく俯いた。


 確かにこれはあたしだけの判断では決められない。あたしに関わっている人は何人も居る。


「まぁ頭の片隅に置いておいてって感じで」

「わかりました…」

「少し話変わるけど、松野さんはだいぶ頑張って喋ってくれるね」

「えっ?それはどういう意味ですか…?」

「初めて会った時、今のことを話すのはしばらく先かなって思ってたんだ。でも1週間ちょっとでここまで話してくれた。カウンセリング回数が多いからって言うのもあるけど、無理して喋ってない?」

「無理なんてしてません。大丈夫です」

「早く解決したいから無理矢理話してない?」

「えっと……」


 先生の突然の推理で、あたしは確信を突かれたようにしどろもどろになる。実際のところ図星だった。


「結構しつこく言うけど、焦れば焦るほど逆に解決が遅くなる場合もあるよ」

「…はい」

「他の誰かが関わっている時は尚更。でも松野さんの考えに否定しているわけじゃないからね。松野さんなりに頑張って考えたんだなって伝わっている」


 唇を強く結んで先生の言葉にあたしは頷く。


 振り返れば時間をかけて話すはずのカウンセリングがとんとん拍子で進んでいた。それはきっとあたしの気持ちが早まってしまったから。


「とりあえず今日もこれやってみようか」


 すると先生は真っ白な紙とペンを私に差し出す。初回にやった気持ちを書き出すのをやらせたいのだろう。


 でもそこまで日にちが経っているわけじゃないからあまり変わらない気もするが……。


「あっ」

「書けそう?」

「はい」

「好きなように書いてみて」


 また同じ内容を書くと思っていた。でもペンを持った瞬間にあたしの脳内には前回無かった言葉が浮かび上がったのだ。


 しっかりとした手つきでペンを紙の上に走らせる。


【凛奈はーーー


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