62話 裸のまま泣き叫ぶ
とにかく泣き叫んだ。裸のまま、冷える身体を気にせずに凛奈の名前を呼んだ。
それでも凛奈が起きることはなくて気付けば病院に来ていた。きっと頭が真っ白になりながらも救急車を呼んだのだろう。
今、あたしは病院の廊下で1人俯きながら座っていた。
「世奈さん」
「お母さん…」
あたしは凛奈のお母さんの声が聞こえて顔を上げる。そしてすぐさまお母さんに駆け寄って凛奈の状態を聞いた。
「大丈夫。疲れや睡眠不足によるものだって。命の危険はないから安心して」
「疲れ……」
「でもしばらくは入院。その間世奈さんはうちで預かることになるけど良い?」
「…はい」
「びっくりしたよね。まだ凛奈は眠っているけど、起きたら顔を見せてあげて」
あたしはコクリと頷いてお母さんと共に椅子に座る。服も着て、髪も乾かして身体は暖かいはずなのに震えが止まらなかった。
「最近何か変わったことあった?」
「……」
「私は凛奈じゃないから話しにくいかな」
「いえ、そんなこと」
「あのね。世奈さんに1つ情報として教えたいんだけど」
「何ですか?」
「この病院には心療内科があるんだって。結構大きい病院だから先生も沢山居るらしいの」
お母さんはスマホを取り出して何やら操作を始める。そしてあたしに画面を見せると数回スクロールをした。
「こんな感じの先生。ベテランの先生も多いから信頼度は高いと思うよ」
ホームページにはにこやかに笑う先生やキリッとした表情の先生の写真が表示されている。
お母さんはあたしを心療内科に通わせたいのだろうか。情報としてと言っていたけど、ここまで勧められてしまえばそうとしか思えなくなる。
「短時間のカウンセリングだけでも良いし。どうする?」
「えっと…」
この人は善意で言ってくれている。虐待をされた過去を持ち、そして凛奈が目の前で倒れたことによりあたしの心を心配してくれているのだ。
それでも気が進まないのは確かで、あたしは返事に間を空けてしまう。
お母さんは急かすことなくあたしの返事をただ待ってくれていた。
「……やって、みます」
「うん。わかった」
あたしの返事を聞いたお母さんは安心したように頷いてスマホをしまう。
もとから選択肢にNOが無かった気がする。そもそもあたしが凛奈の両親を前にして拒否することなんて出来ない。
「本当は私が色々と聞いてあげたいけど、昔から相談事を受けるのが下手くそでね。そういうのは父さんに任せちゃってたな」
「そうなんですね」
「凛奈には色々と話せる?」
「まぁ、はい」
「そっか」
会話が止まれば廊下は一気に静けさに包まれる。夜だから尚更だろう。
凛奈はいつ起きるのだろうか。そもそもちゃんと起きてくれるのだろうか。
命の危険はないとわかっていても、あたしの不安は膨らんでいくばかりだ。
「お母さんごめんなさい」
「どうしたの?急に」
「あたし、凛奈が疲れているのに気付けなかったです。寝不足なのも知らなくて。さっきお母さんに聞いてびっくりしました」
「そうだったんだ」
あたしの背中にお母さんの手が添えられる。そして慰めるように上下に動かした。
「凛奈は隠すのが上手なのよ。私と父さんでさえ気付けないことも沢山あった」
「でもあたしは…」
「気付きたかったって気持ちは私達も同じ。途中で止められていればと思うのは普通だよ」
あたしは凛奈が疲れてしまった理由は知っている。寝不足になってしまった理由も知っている。
それは全部あたし自身に関わっていたものだ。
凛奈が倒れたのはあたしのせい。見たくない現実がうるさいくらいに脳に入り込む。
「ほら!シャキッとしよ!そんな顔していたら凛奈が起きた時に余計心配しちゃうでしょ?今の世奈さんが出来ることは寝てご飯食べて心を落ち着かせる!」
お母さんは気合を入れるように強く背中を叩く。痛いはずなのに謎の元気が分け与えられた気がした。
あたしの両親とは全く違うことを実感させられる。
「とりあえず今日は凛奈の家に戻ろう?あそこなら私達の家よりも断然近いし」
「はい」
「父さんはここに置いていくとして……私達は午前中くらいに戻れば良いか。そういえば世奈さん、何か食べたいものとかある?夜遅くの食事は乙女の天敵だけれど何か口にすれば少し気が紛れるかも。好きなもの買ってあげる」
「良いんですか…?」
「勿論。何食べたい?ラーメン?餃子?チャーハン?」
「………桃の」
「ん?」
「桃のゼリーが食べたいです」




