55話 また、心配させてしまった
「探偵…?」
「11月下旬辺りからやっと情報が入って来てな。よくわからんが有名人と暮らしているみたいじゃないか」
11月下旬といえば凛奈の実家に行った頃だ。
あの時お母さんがパパラッチに警戒していたけど、まさか同じような人物が潜んでいたなんて…。
あたしは考えもしなかった探し方に絶句するしかなかった。
「何でそこまでしてって顔だな。現実を見てみろ。世奈、君は何歳だ?」
「……17歳」
「17歳は子供か?大人か?」
「子供」
「そう、子供だ。自分の意思があってもまだ大人が支配出来る年齢。ということは保護者でなくても親族の俺が探しに行かなければならないのはわかるな?」
あたしは縦に頷く。叔父さんの言う通り現実はそうでなければならなかった。
それでも勝手に私生活を調べられ、勝手に凛奈のことまで知られた事実は怒りに震えるしかない。
でも反論する権利なんてあたしは持ってなかった。
「別に相手の女の情報を何処かへばら撒くことはしない。元々は世奈を探すために使った手段だ。それは探偵側も同じ。安心しろ」
叔父さんは寒くなってきたのか貧乏ゆすりを始める。すると何かに耐えられなくなったようで勢いよく立ち上がった。
「吸っていいか?」
「…どうぞ」
「すまないな。職業柄、あまり子供の前では吸わないようにしているんだが最近はどうも耐えられない」
素早い手つきでタバコを取り出すと火をつけて一気に吸い込んでいる。
叔父さんが吐き出した煙はあたしの鼻にまで強く纏った。
「これからどうするつもりだ?」
「聞いてどうするんですか?」
「返事次第では俺がこれからすることも変わってくる。今は休み取って東京に来ているが、休みなんて無限にあるわけじゃない。子供に勉強を教えているのなら尚更な」
「でも、別に連れ戻すんじゃないんでしょう?生存確認が出来たのなら放っておいても……」
「世奈が成人しているのならそうしているさ。県外でも国外でも何処にでも行けってな。でもそれが出来ねぇだろ」
また年齢の話。でもそれは痛いほど自分でもわかっているからもううんざりしてきた。
何処に行ってもあたしは17歳という問題が張り付いてくる。成人するまであと1年。その1年間、あたしはどうすれば良いのだろう。
頭の中でモヤモヤしていたものが具現化したかように涙が出そうだ。
でも叔父さんの前までは泣きたくなくて感情を堪える。
「もし君がここに居たいって言うのであれば、同居している女やその家族と話し合わなければならない」
「それは」
「それが無理なら地元に帰るしかないな。先に言っておくけど、俺から連れ戻す気はない。でも世奈を説得する気はある。最後に選ぶのは君自身だが、現状世奈は何もすることが出来ないだろ。それを伝えなきゃ……」
続きを言いかけた叔父さんは突然口を閉じる。
どうしたのだろうと思っていると、叔父さんは顎であたしの後ろを差した。
「世奈ちゃん!」
「凛奈…!」
電話もしてないし位置情報も送ってない。なのにどうやってあたしを見つけたのだろう。
凛奈は顔を隠すためのマスクを外しながらあたしの元へやって来た。
「はぁ、はぁ……今から帰るって連絡があってしばらく経つから探しに来たのよ。スーパーから家までの距離はそこまでないのに全然帰ってこないんだもの」
「すみません。心配かけて」
「ちゃんと状況を教えて。こちらは知り合いの方?」
珍しく息切れしている凛奈。あたしのために慌てて来てくれたのだと理解する。
それに嬉しさを覚えながらも、どこか怒っている表情に肩を強張らせた。
「この人はあたしの叔父です。父親の弟…」
「えっ?」
「どうも松野です。世奈が迷惑かけているな」
叔父さんはタバコを吐きながら頭を下げる。
しかし凛奈は警戒心をより強くしたようであたしを隠すように叔父さんとの間に入った。
「はじめまして。篠崎と申します。世奈ちゃんが迷惑だと思ったことは一度もありませんのでご安心ください」
「そうか。でもちょうどいい。世奈の件について貴方とも話しておきたかった」
「………」
凛奈はチラッとあたしの方を振り返って、また叔父さんと向き直る。
「それは別日でもよろしいでしょうか。世奈ちゃんの体調があまり良くないみたいなので」
「まぁそうなるのも無理はないか。君達の方も安心してくれ。俺は兄貴のような強引な性格はしていない。ただ、俺にも仕事がある。日付けの指定はこちらが決めたいのだが」
「構いません」
「篠崎さんとはスムーズに話が出来そうだ。流石は大人だな」
子供のあたしを馬鹿にしたいのだろうか。叔父さんの発言に苛立ちが現れ、手のひらに爪を食い込ませる。
すると叔父さんはタバコを咥えたままスマホを取り出した。
「世奈、連絡先交換だ。重要なことしか連絡しないからスマホ出してくれ」
「それなら私が」
「ほぼ無関係の篠崎さんと交換するよりも親族である世奈と交換した方が良いだろう。それに篠崎さんは有名人なんだよな?何も知らない状態で有名人と連絡先を交換する気にはなれない」
その言葉に凛奈は何も言い返せないようであたしの顔を見て眉を下げた。
「大丈夫ですよ」
少しでも凛奈の不安を消してあげたい。そんな想いで無理矢理微笑みながらスマホを取り出すと、余計に心配そうな顔になる。
それに気付かないふりをし、あたしは叔父さんと連絡先を交換した。
「寒い中悪かったな。それに急に驚かせてしまったことも謝る」
「いえ」
「んじゃ俺は行く。まだ課題やお便り作りが残っているのでな。日付けが決まり次第連絡する」
「はい」
叔父さんは疲れたように首を鳴らしながら公園から出ていく。あたしは画面に映る叔父さんの連絡先を見ていた。
アイコンは受け持っている生徒達と共に撮ったのだろうか。クラス全員と並ぶいかにも教師らしいアイコンだ。
ふと、あたしは視界に入ったベンチの隅に顔を向ける。買ってもらったコーンスープは既に冷えていた。




