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アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
8章 幸せに見えて不幸な人 〜松野世奈〜
53/72

53話 自分の心に鞭を打つ

 11月の下旬に差し掛かると寒さが鋭く感じる。近所のスーパーに行くだけなのに凍えそうだ。


 それでもあたしは凛奈の役に立ちたくて冬風に耐える。


 しかし耐えるのは寒さだけではなかった。


「相変わらず人がいっぱいだ…」


 田舎者感を出したくないから堂々としていたいけど、結局周りを見てしまう。


 ここ最近は何回か1人で買い物に来ているが慣れるのはまだ先のようだ。


 凛奈の自宅に引きこもっていた頃のあたしは信じられないだろう。今のあたしも信じられない。


 凛奈と一緒じゃなくて1人でスーパーに行くなんて悪夢を見ているかのようだった。


「っ、大丈夫…大丈夫…」


 地元を出てからあたしは、人と関わることがより苦手になった。東京に来て最初に関わった人と言えば凛奈の両親くらいだ。


 そんなあたしが人慣れしようと頑張ってスーパーに行く理由。


 それは単純に凛奈の負担になりたくないから。


 この先、あたし達はどうなるかわからない。だからこそ凛奈に甘えるのは最低限にしたかった。


 ずっと凛奈に頼ってばかりでは居られない。凛奈の歩む人生の錘になりたくない。


 そのために今出来ることは、人に慣れることだった。


「いらっしゃいませ」

「……お願いします」


 店員さんと会話するだけでも全身に力が入る。やはり見ず知らずの人に対してはぶっきらぼうな口調になってしまうようだ。


 ふと、本屋でバイトしていた時のことを思い出す。今考えてもあたしは無愛想すぎる書店員だった。


「レジ袋ご利用になりますか?」

「大丈夫です」


 声は小さくないだろうか。早口で聞き取りにくいだろうか。普段なら心配しないことに意識を向けてしまう。


 やっと会計が終わり、店員さんの前から逃げれば少しだけ緊張の糸が解けた。


 そして凛奈から貸してもらったバッグに品物を詰めているとスマホにメッセージが届いているのに気付く。


【大丈夫?今何している?】


 不安になっていたのはあたしだけではないようだ。篠崎凛奈と表示されたトーク欄を見て顔が綻ぶ。


 勿論、1人で買い物に行っているのは凛奈も知っている。


 数回目となるお使いでも過保護さは消えないようで確認のメッセージが送られていた。


【会計終わった所です。頼まれたものはちゃんと買えましたよ】

【良かった。迎えに行く?】

【嬉しいですけど、家に帰るまでが練習なので!】

【無理にしなくても良いのよ?買えただけでも凄いことだし】

【これくらい出来なきゃダメなんです。地元に居た頃はバイトまでしていたんですから】

【そうだけど…】

【とりあえず大丈夫です!凛奈は待っていてください!】

【わかったわ。何かあったらすぐに連絡してね】

【了解です!】


 あたしの大好きな恋人は本当に過保護だ。でもそれが嬉しいし、何より心強い。


 しかし甘えてばかりはダメだ。


 少しだけ「迎えに行く?」の言葉に心が揺らぎそうになったけど。


「でも今日は結構頑張れたよね…」


 前回までは店員さんと話すのが怖くてセルフレジを使っていたが、今回は敢えて有人レジに挑戦した。


 まだ反射的に無愛想が発動するけどいずれはちゃんとコミュニケーションを取れるようになりたい。


 最終目標はまだまだ先なのだから。


【今から帰りますね】


 いちいち報告するのもどうかと思ってしまうけど、これはお互いを安心させるためだ。


 きっと帰れば凛奈は大袈裟なくらいに褒めてくれるはず。


 それを楽しみにしながら帰れば怖さなんて半減する。あたしは小さく微笑みながらスーパーへと出て行こうとした。


「世奈、ちょっといいか?」

「え?」


 出入り口の自動ドアが開いた時だ。前から歩いてきた男性に声をかけられる。


 最初はあたしが呼ばれたとは思えなかった。だってここであたしを知る人なんて数少ないから。


 しかし世奈と呼ぶその姿には見覚えがある。


 記憶に辿り着いたその瞬間、あたしの皮膚には無数の鳥肌が立った。


「ど、どなたですか…?」

「忘れたふりはしなくていい。君を連れ戻すって言うよりかは単純に話を聞きにきた」


 ボサボサと髭を生やし、整うという言葉には程遠い髪の毛。怠そうな態度を取りながらも威圧感を放っている。


 それだけで過去の恐怖とリンクしてしまう。


 姿は兄である父親とは正反対だけど、この人は紛れもなくあたしの叔父さんだった。


「親族として話をしよう。ある程度の状況はわかっている」

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