52話 身体で繋ぎ止めたくて
色々と落ち着いたため、本日からまた投稿していきますのでよろしくお願いします!
深夜の都内はあたしが住んでいた田舎とは全く違う。
遠くから聞こえるパトカーや救急車の音は、一度耳にするとしばらくは鳴り止まなかった。
あたしは隣で眠る恋人に触れてみる。頬から顎へ。顎から首へ。ゆっくりと伝わらせれば、くすぐったいのか小さく身を捩った。
少しだけ凛奈の首にある手に力を込める。そうすれば微かに聞こえる脈拍音。
当たり前だけれど、生きている。
「凛奈…」
最近、不思議と夜に目が覚めてしまう。それは凛奈の様子が変わったことで悩んでいるからだと思っていた。
でも違うらしい。解決した今でも起きてしまうのだから。
あの後あたし達はすぐに眠ってしまった。結局、服を脱がされることも身体に触れられることもないまま。
これだけ近い距離にいるはずなのに1枚の壁があるみたいだ。
「凛奈、好きですよ」
あたしが想いを伝えても凛奈は熟睡しているので口角が上がることもない。
いつもなら当然だと思えるのに、今日は何だか無性に寂しかった。
「………」
凛奈の首に置いた手が鎖骨へと下がっていく。
くっきりと浮かれた鎖骨。モデルをしている時はそれがより強調されて色気を出していた。
今は厚着をしているので直接触れるのが難しいけど、凛奈を推していたあたしなら簡単に想像出来てしまう。
無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
「ごめん、なさい…」
一体何を言っているのだろう。そもそも何をしようとしているのだろう。
喉を鳴らした瞬間から、あたしは何も考えられなくなる。
大袈裟に震え出す指先。荒くなる鼻息。それに気付かずに呑気に眠る恋人。
あたしが把握出来るのはこれだけだった。
一旦息を止めて、指先の神経に集中する。服の上からあたしは凛奈の胸に手を添えた。
「っ…!」
しかしすぐに耐えられなくなって手を引っ込める。
触れてしまった手のひらを自分に向けて、ただひたすらに見つめていた。
「凛奈………凛奈……」
呼び声に応えて欲しいわけじゃない。ひたすらに名前を呼んでこの感情を身体に染み込ませたかった。
あたしの小さな声は途切れ途切れになりながらも恋人の名前を呼び続ける。
今の自分の顔はどんな風になっているのだろう。想像もつかない。
またあたしは恐る恐る胸を掴む。力が入らないから掴むの表現には程遠いかもしれないけど、確かに柔らかい感触が肌を駆け巡った。
すると同時にあたしの視界は一気に滲み始める。
「な、何で?」
涙を流しているのはすぐに自覚した。すぐに凛奈の胸に当てていた手で両目を拭く。
しばらくは溢れ出すのかと思いきや、1回拭いただけで涙は収まった。また感情が不安定にでもなったのだろうか。
夏に凛奈と再会してから泣くことは増えたのだが、一時期からそれが加速している気がする。
時々凛奈に見つかることがあったけどその時は力いっぱいに抱きしめてくれた。
でも今の凛奈は泣くあたしを抱きしめてくれるだろうか。
涙によって冷静になった頭は自分がしようとしたことを強く理解させてくる。
「クズじゃん、あたし」
恋人の胸に触れた。それだけ聞くと別に何とも思わない。
けれどあたしの場合、“許可なく”が前提としてきている。17歳の小娘でもそれがどれだけいけないことかは重々承知していた。
反省と罪悪感に浸っている中、脳内に浮かぶのはやはり両親の顔。内容は別としても同類だと頭の片隅で思っているのか。
自分がしたくせに、それが悔しくて歯を食いしばる。このまま凛奈の隣で寝ていたらより苦しくなるだけだ。
とりあえず、リビングへ逃げて朝方あたりに寝室へ戻ろう。
あたしはこっそりベッドから抜け出そうと身体を動かした。
「ひゃっ…!」
床に足を着ける瞬間、一気に身体はベッドへ戻される。
まさか起きていたのかと驚きながら凛奈を見れば目が合ってしまった。
あたしの心臓は激しく動き出す。身体からは冷や汗が流れた。
「り、凛奈」
「どこ行くのよ」
「…え?」
「トイレ?」
「いえ、トイレじゃなくて」
「ダメ。行かないで」
凛奈はあたしを強引に横にさせて毛布を掛ける。
「ダメ。離れちゃ……ダメ」
「凛奈?寝ぼけてます?」
「ん……んん」
隙間なくあたしを抱きしめる凛奈。その目は眠そうにしている。
それ以降、問いかけても返ってくる言葉は何を喋っているのかわからなかった。
あたしはやっと身体の力を抜いて安心する。最初から起きていたわけではなかったらしい。
きっと、あたしが抜け出そうとした時に目が覚めてしまったのだろう。
「せな…ちゃ…」
「何ですか?」
「んぅ……」
あと数分したら凛奈は寝てしまいそうだ。しかし、あたしは抜け出そうと思えなかった。
むしろ引き止めてくれたのが嬉しかった。罪悪感が消えることはないけど、心は落ち着いてくる。
「凛奈」
「…ん」
「ごめんなさい」
「………」
もう返事はない。夢の世界に旅立ったようだ。
あたしは凛奈の体温を感じながら抱きしめ返す。気付けば脳内は凛奈のことで埋め尽くされていた。
そんなあたしは一粒の涙を流して目を閉じる。今夜のことは、悪い夢として記憶に刻まれるだろう。