51話 恋人に囚われる
あたしの耳元で話された言葉はハッキリと聞こえた。
でもすぐにはその意味を理解出来なくて、とりあえず凛奈の背中に腕を回す。
「スターラインのメンバーに…?」
「ええ」
やっとあたしの中で点と点が線になった。
急に決まった11月6日の外出。その後の凛奈の変化。全てスターラインのメンバーが関係していたのか。
「大丈夫でした?辛くありませんでしたか?」
「最初は憂鬱だったけれども、ほぼ私から行ったようなものだし」
「凛奈から?」
「……卒業して数日経った時、キャプテンから連絡があったの。ちょうど世奈ちゃんと庭園を見た時かしら」
ということはあたしが凛奈と再会した次の日だ。
あの時の凛奈は死ぬ場所を探そうとしていたくらいだから、メンバーのことはあまり良く思ってない。
それを知っているからこそ話す全てに驚いてしまう。
「その返信を実家から帰った後に送ったのよ。3ヶ月越しの返信だったわ」
「そう、なんですね…」
「何回か送り合った後にキャプテンから誘われたの。イベントに来ないかって。勿論、出る側じゃなくて裏で会う感じよ?」
「わかってます。それが11月6日だったんですね」
「気付いていたの?」
「流石にメンバーに会うのは予想外ですよ。でも、その…」
「何?言ってみて?」
あたしが言うのを渋っていると凛奈は耳元で優しく問いかける。
それをされてしまえば黙ることなんて出来ない。自然とあたしは、ここ最近悩んでいたことを口にした。
「その日から凛奈の様子が違うなって思ってて」
「……そっか」
凛奈は頬擦りするようにピッタリとくっ付く。少しだけ顔を動かせばキスが出来てしまう距離だ。
けれど、今はそんな気分にはなれない。まだ話は終わってないのだから。
そもそも触れ合うことだってちゃんと話し合ってない。
あたしは凛奈の顔が見たくて少しだけ身体を離した。
「メンバーのみんなに会ってどうでしたか?」
「元気だったわ。元気過ぎるって言っても良いくらいに。会ってしばらくは解放してもらえなかったし」
「何か話せました?今のこと」
「今のことは何も。でも、キャプテンとは過去のことを話したわ」
「……言ったんですか?卒業した理由」
「ええ」
「キャプテンはなんて…?」
「沢山謝りながら必死に現実を受け入れようとしてくれたの。結構酷いことを伝えてしまったのに、それでも私のことは大好きだって言ってくれた」
何故だろう。ずっと悩んでいたことの答えが聞けているのにあたしは息苦しい。
凛奈は当時のことを思い出しているのか目が優しくなっている。
「そんな姿を見たら自分が馬鹿らしくなっちゃって」
「えっ?」
「花火大会の日に言ったこと、覚えている?誰も私の苦しさに気付いてくれなかったって」
「覚えています」
「あれは間違っていたわ。“気付いてくれなかった”じゃなくて、“気付かせてやれなかった”が正しい」
…あたしはよく理解出来ない。別に凛奈が悪いみたいに捉える必要は無いだろう。
あたしにはそう聞こえてしまう。でも目の前に居る凛奈にそんなことは言わなかった。
いや、言えなかった。だって全てを納得したように、やっと1歩踏み出せたように微笑んでいるのだ。
こんな表情あたしは知らない。
「最初から、助けを求めれば良かった。例え小さな声でもメンバーのみんなは絶対に手を差し伸べてくれる。それさえわかっていれば私はきっと助けてって言えた気がするわ」
もうやめて欲しい。この話題を終わりにして欲しい。息苦しくて仕方ない。
いつもならあたしの感情を汲み取ってくれるのに凛奈は続けて話をする。
久しぶりの楽屋の様子がとか、キャプテンは相変わらずふざけてとか。
そんな姿を見ていると「あたし以外の話をしないで」なんて嫌な言葉が心から溢れかえる。
「世奈ちゃんには沢山心配かけたわね。本当はちゃんとこの話をしようと思っていたのだけど、上手く話せるか不安で」
「い、いえ。そんな…」
「でも全てが解決したわけじゃないわ。けれどスッキリはしている。メンバーに会ったことは後悔していない」
すると凛奈は両手であたしの頬を掴んで近づいてくる。
もしかしてと思って咄嗟に目を瞑るが、唇に体温は感じない。少ししてコツンとお互いの額が重なった。
「心配してくれてありがとう。でもこれだけは覚えておいて。私の苦しみになっていた過去が消えても、私は世奈ちゃんを離すつもりはないから」
「…はい」
「世奈ちゃんは焦らなくて良いからね。ゆっくり時間をかけていこう?」
「わかりました」
「ん、良い子」
何も起きることなく、凛奈はゆっくりと離れていく。何だかそれが怖くなってあたしは凛奈の腕を掴んだ。
「世奈ちゃん?」
「あの、その」
「………一旦ゲーム中止しようか」
凛奈が小さく笑った時あたし達の身体はベッドに転がる。お互いに横向きになって、お互いを見つめ合った。
「おいで」
大好きな人にそう言われてしまえばあたしは逆らうことが出来ない。広げられた腕へ吸い込まれるかのように凛奈に抱きついた。
恋人の心音が直接脳内に響き渡る。速く動くその音はあたしを安心させてくれると同時に顔に熱を溜めた。
良かった。今の凛奈はあたしのことしか考えていない。
滲み出てきた黒い感情は浄化されるどころか、より色濃くなっていく。
「凛奈」
「どうしたの?」
「好きです」
また、恋人の心音が速くなった。