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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
8章 幸せに見えて不幸な人 〜松野世奈〜
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49話 恋人じゃなくてもわかる違和感

 凛奈の様子が違う。


 そんな違和感を覚えた時からあたしはモヤモヤしていた。


 心当たりが無いわけじゃない。あたしの予想では先日の11月6日の午後に外出した際に何かあったと見ている。


 でも悪い意味で様子が違う感じでもない。どちらかと言うと良い意味だ。まるで何かが解決したかのようにスッキリしていた。


「世奈ちゃん。お皿取ってもらっても良い?」

「あっ、はい」


 考え事をしていたあたしは凛奈の声が聞こえて行動を再開する。キッチンにはとても良い香りが広がっていた。


「今日の夕飯も美味しそうです」

「そう思ってもらえて良かった。でも未だに世奈ちゃんの好みが把握出来ないのは悔しいわね」

「あたしは何でも食べますよ?」

「それでも大好物って言えるくらいのものは知りたいわ」

「凛奈の大好物は桃ですよね。あと、お父さんが作る肉鍋」

「桃は当たっているけど鍋は別に……。いえ、毎回飽きずに食べているからきっと好きなのでしょうね」


 うん。やっぱり前の凛奈とは違う。


 以前ならお父さんの鍋を好きとは思っていても口には出さなかった。


 でも今の問いかけでは認めるように頷いている。本当に一体、何があったのだろう。


「世奈ちゃん?どうかしたの?」

「お皿悩んでました。これですかね?」

「そうそう。ありがとう」


 お皿を渡せば凛奈は笑顔で受け取ってくれる。そして片手であたしの頭を優しく撫でた。


「もう少しで終わるから座ってて良いわよ」

「ここで見てます」

「ふふっ、わかった」


 あたしは料理をする凛奈を横目に再度自分の世界に入る。憧れで大好きな人と付き合ってから数週間が経った。


 それでも大きく変わったところはあまりない。キスだって付き合った日以降されてないし、触れ合うと言っても多少密着するくらいだ。


 普通に歳の差や未成年の現実を頭に入れているのだろうか。もしかしたら成人するまでキス以上はしないかもしれない。


 下手したら頬や額にキスはしても、唇のキスはない可能性だって…。


 凛奈はどう考えているのか気になる。


「ねぇ世奈ちゃん。知ってる?」

「何をですか?」

「可愛い子が眉間に皺を寄せると般若はんにゃみたいになるそうよ。…あれ?美人だっけ?まぁとりあえず般若になるみたい」

「誰から聞いたんですか?」

「私の友達」

「なるほど」

「流石に世奈ちゃんは般若にはならないけど、皺は寄っているわよ。何考えてたの?」


 凛奈は出来上がったスパゲッティを皿に盛り付けながら首を傾げる。


 あたしがその仕草に弱いことは完璧に把握しているようだ。


 それでも正直なことは言えない。あたしはモヤモヤした気持ちを堪えて別の言い訳を探す。


「あたしも凛奈みたいに、もう少しまともな料理を作れたらなって思ってました」

「世奈ちゃんだって料理出来るじゃない」

「あんなの料理じゃありませんよ。乗せて掛けて盛り付けるだけですもん」

「十分料理よ。それすら出来ない人も世の中には沢山居るわ」

「それって単純にやらないだけじゃ…?」

「そうとも言えるわね。でもやっているだけ立派」


 本当にあたしの恋人は全肯定だ。


 肯定されるのが嬉しすぎて甘えてしまいそうになるけど、このままではダメ人間になる。


 モヤモヤとは別の湧き上がる嬉しさに支配されないように唇に力を入れた。


「可愛い。世奈ちゃんが良ければ簡単な料理を教えるわ。必要であればレシピ本でも買っておく?」

「い、いえ。凛奈に教えて貰えればそれで大丈夫です」

「そう?なら今度一緒に作りましょう」


 凛奈は盛り付けたスパゲッティを持ってダイニングテーブルへと運ぶ。あたしもその後ろを小走りで着いて行った。


 凛奈って家の中でも歩くのが早いんだよね…。


 結局、凛奈の変わった様子を探ることも出来ないまま夕食が始まってしまう。


 きっとあたしから話題を出さないと聞くことは出来ないはずだ。


「…ん。とても美味しいです」

「良かったわ。何かリクエストがあったらいつでも言ってちょうだい」

「はい」


 もしあたしが尋ねたら凛奈は話してくれるだろうか。あたしが凛奈の立場だったら……きっと話さない。


 何があったのかはわからないけど、気軽に話せる内容でも無さそうだった。


 あたしはまた1口スパゲッティを食べる。


「美味しい」


 濃厚なソースが口いっぱいに広がった。

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