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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
7章 不幸気取り 〜篠崎凛奈〜
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48話 不幸に見えて幸せな自分

「誰が能面よ」


 私はやるせない気持ちを隠すようにキャプテンの頬に手を伸ばす。


 軽く引っ張り上げれば変な発音をしながら抵抗していた。


「いひゃい」

「変な顔しているのは貴方もよ。キャプテンのくせに情けない表情しないで」

「同期の前だけだよ〜」


 伸ばしていた頬を離せばキャプテンは面白そうに笑い出す。それでも目の奥は不安に満ちた色をしていた。


 私は唇を強く噛んで目線を下に向ける。自分の想いを言うべきか言わないべきか悩んでしまった。


 するとキャプテンが下げられた私の手に触れる。


「ん?」

「握手会しよ」

「何で急に」

「持ち時間は3分ね」

「長すぎない?握手会はせいぜい数十秒でしょ」

「良いから良いから!スターラインの現キャプテンとの握手会スタート!」

「ちょっ……はぁ。仕方ないわね」


 突然元アイドルと現アイドルと握手会が開催される。キャプテンの提案に戸惑いを感じながらも心が少し温かくなった。


 もしかしたらキャプテンが私にチャンスをくれたのだろう。きっと3分間で考えていることを全て話せってことだと思う。


 本人はさりげなくやったつもりなのに、私からすれば魂胆が丸見えだ。


 それでも私はキャプテンの手を握り返した。


「えっと、これからも貴方のことを応援しているわ。勿論後輩メンバー達もね」

「それだけ?」

「それだけって……」

「ほら3分経っちゃうよ」


 キャプテンが繋がれている手に力を込める。その手は微かに震えていて、私が話す言葉に怯えているようだった。


 けれどキャプテンは私から目を離さない。全部を聞いて受け止めるつもりだ。


 そんなキャプテンの姿に凍りついた心が溶けていく。


「……アイドルは好きよ」

「うん」


 言うつもりなんてこれっぽっちもなかった。でも自然と私の口からは考えていたことが少しずつ出ていく。


 このままでは全てを伝えてしまう。メンバーには絶対に言いたくない。そう思っていたのに、言葉が止まることはなかった。


「でもずっと好きな感情1つで活動出来なかったわ。周りの大人やファンの人達、終いにはメンバーに対しても疑心暗鬼になっちゃって」

「そっか」

「凄いの賞賛も、尊敬しているの憧れも全部嘘なんだって受け取れなくて…」


 今、目の前に居るキャプテンはどんな顔で聞いているのだろう。感情を見るのが怖くて私は俯いてしまう。


 目に入るのは強く繋がれた2人の手だけだ。怖いのは私だけじゃない。わかっている。


 そう言い聞かせているのにいつも逃げてしまう。自分の心が何かの渦に飲み込まれていくようだった。


「私はスターラインのために自分を押し殺してきたわ。だからこそ、演じた自分が好きって言われても困るのよ…!もう訳わかんなくなっちゃって……」


 私の頬には涙が流れる。会場の端とはいえ、ここはキャプテンとの2人きりの空間ではない。


 誰にも見られたくなくて涙を拭おうとする。でもキャプテンは握手した手を離してくれなかった。


「そう思っちゃった凛奈も綺麗だよ」

「え……?」

「今聞いたことは私の想像以上に辛いものだったからすぐには受け止めきれない。でも、この言葉は信じて。私は凛奈を嫌いになんてならないよ。疑心暗鬼な心で沢山疑っても良い。けれどこの話を聞いても私は凛奈を大好きだって思ってる」


 キャプテンと私の手に涙が落ちていく。早く拭いて止めたいのにそれを許してくれない。


 すると比例するかのようにずっと見て見ぬフリをしていた想いが溢れ出した。


「11年間一緒に居たのに気付けなくてごめんね。むしろ辛さを倍にしちゃってごめんね」

「謝るのは私もよ…。悩み始めてから、これは全部メンバーや家族のせいだって責めていた。どうせ誰も気付いてくれないからなんて不幸気取りしていた…」

「でも気付けなかったのは事実だよ?」

「違うの、違うの」

「凛奈」

「単純に私が助けを求めれば良かった…!ちゃんと辛さを言葉にして伝えればきっとメンバーはみんな助けてくれた」

「うん。それは保証する。過去の凛奈を悪く言うつもりはない。でもどのタイミングでも言ってくれればみんな凛奈を助けたよ。私は失ってから気付くようなバカだけどさ。仲間は守りたいって強く思っている」


 少し顔を上げるとキャプテンは変わらず私を見つめている。


 その目は不安や反省を宿しているのに、誰よりも力強くて誰よりも優しかった。


 私は膝から崩れ落ちるように蹲る。それでも手は繋がれたままでキャプテンの体温が伝わってきた。


「ごめんなさい…ごめんなさい」

「もう謝らない。話してくれてありがとう」

「……ええ」

「っていうか既に3分経っているね。というわけで追加料金が発生します」

「つ、追加料金?」

「流石にお金は取らないよ。だから追加料金名義で私の我儘を聞いて。これ、受け取ってくれる?」


 私の手の中が空っぽになったかと思えばキャプテンはポケットから1枚のCDを取り出す。


 まさかずっと入れていたのだろうか。きっと無理矢理詰め込んだに違いない。


 差し出されたCDをよく見ればスターラインの30枚目シングル曲だった。


「凛奈の中で区切りがついたら聴いて。今の状態ではきっと最新曲知らないでしょ」

「……感想は言えないかもしれないわ」

「良いよそれでも」


 恐る恐る受け取れば、久しぶりの硬い感触を感じられる。


「今はスマホで音楽が聴けるけど、CDの方が好きな気がするわ」

「本当それ。きっと沢山の思い出が詰まっているからだね」


 私は涙を拭ってキャプテンと笑う。やっぱり私は不幸を演じた幸せな人間だった。


 心の何処かではそれに気付いていた部分もある。けれど認められなくて引きずった結果が卒業に至ってしまった。


 誰も助けてくれない考えは間違っている。そう思わせてくれるほどメンバーもマネージャーさんも、そして家族も優しい人達だ。


 私はCDを抱きしめて目を瞑る。


「キャプテン」

「何?」

「今日、ここに来て良かったわ」

「私も凛奈と話せて良かった。いつでも助けになるからさ。これからもよろしくね」

「ええ。こちらこそ」


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