45話 認めたくない未練
私は異様に瞬きが多くなったと自覚した。
マネージャーさんは眉を下げながら私の顔を窺うように見てくる。
「何で……」
「もし当たっていたのであれば謝らせてください。悩んでいることに勘付いていたとはいえ、確信ではないからと後回しにしてしまったことを。本当にごめんなさい。マネージャー失格です」
「違うの!そうじゃなくて!!」
ハッと、自分の声に驚いて咄嗟に口を閉じる。
小さく謝ればマネージャーさんは首を横に振った。
心を落ち着かせるように深呼吸をする。ここで焦っても仕方ない。
「わかっているなら隠す必要はないわ。でも他言無用でお願い」
「承知しました。でも……やはりそうだったのですね」
「ええ。でもよく見破ったわね。そんなことを態度にも言葉にも出してないはずなのに」
「見破りなんかじゃないです。そもそも卒業前は理由さえわかりませんでした。ただ悩んでいるなくらいの気持ちで」
私自身、誰も気付いてないと思っていた。卒業理由はマネージャーさんの憶測通りだ。
素がわからなくなって心が壊れたということはアイドルの篠崎凛奈を保てなくなったと同じ。
私は自分の手を強く握りしめる。
「勘づかれていたなら早めに相談しておけば良かったわ」
「ごめんなさい。普段の凛奈さんなら自分で解決しちゃうのではと甘えてしまいました。卒業した後に気付いたって遅いのに…」
「そう見えていたのね。良いのか悪いのかわからないわ」
こういう時はどんな反応をするのが正解なのか。
「何故助けてくれなかった」と怒っても、きっと彼女はひたすらに謝り続けるだろう。
長々と謝罪をされても過去は変わらないし現在の苦しみが薄れるわけではない。
それに謝罪をし続ける人を見るのは心苦しかった。
「私は貴方を責める気なんて無い。マネージャーの仕事がどれだけ多忙かは把握しているわ。そんな中で私だけに神経を注ぐのは難しいことも」
「しかしメンバーの皆さんの心身を守るのもマネージャーの仕事です。だからこそ自分の選択が許せなくて…」
「もう良いの。全ては過去のことよ。でも貴方から仕事の話をしてくれたのは助かったわ。今は無職の状態だから」
「わかりました。その前に凛奈さんはこれからをどうお考えで?」
元トップアイドルが職を探すのに手間取っているなんてファンからすれば笑い話かもしれない。
でも実際そんな笑える状況になってしまっているのだ。
けれど、もう膝をつくことは出来ない。既に一度膝をついたのだから。
「芸能界復帰は全く視野に入れてないわ。そして私には大切な人が居るの。その人と一緒に過ごすためには安定した収入が欲しい。新規のプロジェクトを立ち上げるような、未来に不安がある仕事はなるべく避けたいわ」
「なるほど」
結構な我儘だと思う。仕事を紹介してもらう側が色々と注文しているのだから。
でもこの人なら真剣に考えてくれるはずだ。
私に罪悪感を持っているのを利用させてもらおう。こんな汚い考え、世奈ちゃんには見せられないな。
「凛奈さんは裏方の仕事をご要望ですか?」
「そうね。と言っても何かスキルがあるわけじゃないから、選択肢はあまりないけれど」
「裏方でも様々な仕事があります。とりあえず私の方から上に掛け合いますのでその時はご連絡しますね」
「ええ。連絡先は変わってないからそこに」
「了解しました」
これで第一関門はクリア出来た。意外にすんなりと進んでくれてこれからが怖くなってしまう。
それでも今は少し肩の力を抜こう。後はマネージャーさんからの報告を待つだけだ。
ふと、私は楽屋の外から聞こえる音に耳を澄ます。
「懐かしいわね。このザワザワしている音」
「時間からしてミニライブ中盤ですかね」
「イベントチケットは完売出来ているの?」
「ええっと…」
すると急にマネージャーさんは歯切れが悪くなる。
ということはチケット完売には至らなかったのだろうか。私がスターラインを卒業する前は完売が普通だったのに。
「まさか、さっきの色々と落ち着いているって」
「はい……。お恥ずかしながらピークよりは下がってます。運営としては人気メンバーの凛奈さん卒業から新スタートのような感じで考えいたのですがね…」
「そうだったのね」
ピーク時がどれくらいだったのかは詳しく知らない。
けれどマネージャーさんの反応を見るとかなり痛手になっているようだ。
「キャプテンは音楽番組に引っ張りだこだからアセアセって言ってたのだけれど」
「アセアセ?」
「バタバタの派生系ですって。番組は前と同じように出れているの?」
「番組の方は、先程言った“新スタート”のフレーズのお陰で出れています。ただこのままではよくある量産型アイドルと同じような道筋を辿ることになるのかなと」
確かにスターラインは人数が多くなくとも、初期からの1期生から3期生と呼ばれるメンバーで成り立っている。
プロデューサーがこれからどうするか想像もつかないけど、近いうちに4期生のオーディションを開催するかもしれない。
そうなれば昔から応援してくれたファンは離れてしまう可能性も拭えなかった。
「ごめんなさい。私からは何も言えないわ」
「良いんですよ。凛奈さんは何も思わなくて大丈夫です」
「ええ…」
「さて!そろそろメンバーの皆さんの様子を見てきますね。凛奈さんはここで待っていてください。お仕事の件はまた後日」
「そうね。よろしくお願いします」
マネージャーさんは立ち上がってお辞儀をした後、楽屋から出ていく。1人になった楽屋は重たい空気が流れていた。
私は悶々とした感情を吐き出したくてため息をついてみる。
別にスターラインのことはどうでも良い。そう思っていたはず。
なのにグループの現状を聞いてしまった私は必死に解決策を探そうとしていた。
「意味がわからないわ…」
アイドル活動は私を壊したトラウマ。スターラインは私を縛った原因。1番近くに居たはずのメンバーは私の辛さを気付いてくれなかった存在。
沢山の経験が出来たとはいえ、辛い思い出しか記憶にない。なのに情が湧いてしまうのはおかしいだろう。
冷静に戻るために私は世奈ちゃんの顔を必死に思い出す。
「っ……何で?」
感情が不安定すぎではないか。目を瞑って愛おしい恋人を思い浮かべようとしても全く出てこない。
誰よりも間近で見てきたし、濃い3ヶ月を過ごしたはずだ。なのに、私の脳裏に張り付いているのは世奈ちゃんではない。
アイドル活動をしていた時の篠崎凛奈だった。