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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
7章 不幸気取り 〜篠崎凛奈〜
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44話 貴方と一緒に居たいから

 自分の欲望から逃げるためとはいえ、何で来てしまったのだろう。巨大なイベント会場に足を踏み入れてしまった私は小さくため息をつく。


 会場の裏口にいる警備員の人に顔を見せれば、すんなりと中へ通してくれた。


 きっとキャプテンが既に話を通してくれたのだ。仕事が早いのは変わってないな。


 私は1人ベンチに座って案内を待つ。これからメンバーのみんなに会うっていうのに私は憂鬱で仕方なかった。


 すると廊下の向こう側から駆け足の音が聞こえる。


「凛奈さん!」

「あっ、お疲れ様。急に来てしまってすみません」


 見慣れたスーツ姿の女性。この人こそがスターラインの結成初期からいるマネージャーさんだった。


「お久しぶりです!なんか痩せました?」

「逆よ。動かない生活しているので肉が付いてしまったの」

「肉が付いているようには見えないけど…。凛奈さんは痩せすぎなんです。まずは標準体重まで戻すことをお勧めします」

「ふふっ、ありがとう。マネさんは元気そう安心したわ」

「元気ですよ。最近はその…色々と落ち着いているので」

「落ち着いている?」

「まぁまぁ。ここでお話しするより中でお話ししましょう。廊下は寒いので」


 元メンバーである私に対しても丁寧な対応をしてくれるマネージャーさん。


 アイドルとマネージャーという関係を意識しつつも気軽に話せる存在で、みんなから好かれている人だった。


 中には相談事に乗ってもらっていたメンバーもいる。私はそんなこと出来なかったけど。


「現在はちょうどトーク会の時間なんですよ。その直後にミニライブを行う予定です」

「忙しい時に来てしまったわね」

「お気になさらず。記念イベントは何回もやっているのでスタッフ達も慣れていますよ。それは凛奈さんもわかっているでしょう?」

「そうね。初めてやった時からイベントの流れがそこまで変わってないから」


 マネージャーさんは「その通りです」と面白そうに笑う。


 こうやって歩きながら話していると、まだ自分がアイドルなのではと錯覚してしまいそうだ。


 でも今の私は何処にでもいる一般人。マネージャーさんとは過去の仕事上の関係と化している。


 それが嫌なわけではない。自分で選んだ道なのだから。


 そんなことを考えているとスターラインの楽屋前にやってくる。


「メンバーの皆さんは、ミニライブが終わったら楽屋に来るので今のうちに荒らしておいてください」


 マネージャーさんが扉を開ければ私の顔は一気に引き攣る。悲惨な状態が目に入ってしまった。


「今の状態でも結構荒れているわよ…」


 化粧道具は出しっぱなし。コートなどの上着は椅子に投げ捨てられ、床の一部分には書類が散らばっている。


「綺麗好きの凛奈さんが卒業した途端、スターラインの楽屋はゴミ屋敷となりました」

「………」


 何も言えない。


 別に私は綺麗好きっていうわけではなかった。同居している世奈ちゃんならわかるはずだ。


 見える所は簡単に掃除していても見えない所は適当にしている。なのにアイドル時代の篠崎凛奈は楽屋の綺麗さを徹底していた。


 しかしそれは単純にイメージを固定するためだ。 


 模範的なイメージをメンバー達にも見せておかないとインタビューやテレビで何を言われるかわからない。


 楽屋隠し撮りなんてことを意識すれば尚更だ。


 イメージを崩さないためにやってきていたことなのだが……。


「甘やかし過ぎたのかしら?」

「もし良ければこの後ガツンと言ってあげてください。マネージャー達が言っても効果が全く無いので」

「ええ…」


 私は唯一座れそうな場所を見つけて腰を下ろす。


 マネージャーさんは近くにあった椅子を引っ張って私の隣に座った。


「さてと。何かご相談はありますか?」

「えっ?」

「無いのなら全然良いんです。でも一応、凛奈さんよりはこの業界に立っていますからね。そういう話も出来ますよ」

「……どういう話かしら?」

「裏方のお仕事の紹介や、復帰関係のお話です」


 この人にはバレているのだろうか。


 別に今日ここに来た理由は欲望から逃げるためでもあり、メンバーに会いに行くためでもある。


 例え憂鬱でも私の中で何かが動き出してくれるのではないかと期待をしていた。


 しかし頭の片隅には汚い理由も存在している。あわよくば関係者と仕事についてのお話が出来たら、なんてことも考えていたのだ。


 でもそれを全面に出しているわけではない。だからこそマネージャーさんの言葉に驚いてしまう。


「長年この世界にいると色んな人を見ますからね。言葉は悪くなりますが、トップを走っていた人間が持ち場を離れたら仕事が無くなってしまった。そんな事例もよく耳にします」

「そう、ね。私もそのタイプと似ていると思うわ。先のことを考えずに卒業してしまったから今は途方に暮れているのよ」

「凛奈さんの卒業は衝動的だったんですか?」

「衝動的って言ったらそうなのかも。でも、ちゃんと悩みはしたのだけれどもね」

「元マネージャーである私がその理由を聞くことは?」

「多分一生無いわ」

「そうですか。残念です」

「残念も何も、聞く意味なんてないでしょう?」

「なんていうか……色々と確かめたいことがあったので」


 マネージャーさんは目をキョロキョロと動かしながら自分の手を強く握る。


 その仕草が世奈ちゃんに似ていて勝手にほっこりしてしまった。こんな暗い話なのに脳内は世奈ちゃんのことばかりだ。


 でも世奈ちゃんが居るからこそ、私はここに来れた。仕事の話だってちゃんと聞こうと思えている。


 これからも世奈ちゃんと一緒に居るためには、自分の現実を受け止めなければ。


 そう思って私は全身に力を込めた。


「確かめたいことって?」

「思い違いならそれで良いんです。でも、私から見た凛奈さんの卒業理由って………アイドルの自分が保てなくなったからじゃないのかなって」

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