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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
7章 不幸気取り 〜篠崎凛奈〜
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42話 人間の決意

 いつも隣にあるはずの体温が今日は感じられない。


 寝ぼける身体で世奈ちゃんを探そうとするけど、一向に触れることが出来なかった。


「やば……」


 思いっきり身体を起こしてみれば少しだけ眩暈をしてしまう。


 確か昨日、鍋を食べながらお酒を飲んでそのまま寝てしまった。世奈ちゃんが居てテンションが上がったのか早く酔いが回ったようだ。


 そう振り返っていれば眩暈は治ってくる。


 数回瞬きした目線の先には布団で寝ている世奈ちゃんがいた。


「そっちで寝たのね」


 通りで同じベッドに温もりがないわけだ。


 酔っていても世奈ちゃんと寝れるように私はちゃんとベッドの端で横になっていた。けれど世奈ちゃんは遠慮してしまったのだろう。


 シングルベッドの下に敷かれている布団で眠っていた。


「寝顔見ていたいけど歯磨きしなくちゃ…」


 帰省した時に必ず作ってくれるお父さん特製鍋はニンニクがたっぷりと使われている。


 普段はちゃんと入念に歯磨きをしてから臭いを抑えるカプセルを噛んで寝るのだが、昨日は酔って何もせずに寝てしまった。


 きっとこの部屋にはニンニクの匂いが広がっている可能性がある。世奈ちゃんが起きたら空気の入れ替えをしよう。


 起こさないように部屋から出ると静かに洗面所へと向かった。


「酔ってしまったとはいえ、変な行動してないかしら?」


 飲んでいた時の記憶はほぼ無いに等しい。世奈ちゃんの前で何かやらかしてないかだけが心配だった。


 不安になりながら誰も起きてない早朝の洗面所で、私は歯を磨き始める。


「………」


 本当は歯を磨くことに集中したい。でも脳内には昨日お母さんと会話した記憶が蘇ってくる。


『次の仕事は考えているの?』


 部屋の掃除という言い訳で2人になった私とお母さんはこれからのことについて話し合った。


 意外にも私が卒業した理由や卒業後何をしていたかという話題は振られなかったのだ。


 それでも苦しい話し合いになったのには変わりない。


『アイドルで人気になった凛奈はまだ十分な貯蓄があるのはわかる。でもそれでだけで一生暮らして行くのは無理だと思うのよ。貴方1人だけならまだしも世奈さんと過ごすなら尚更ね』


 わかってはいた。


 お金の悩みも頭の片隅には置いてあった。でもまだ大丈夫だろうと思ってしまったのだ。


 けれどお母さんと話して、早めに向き合わなければならないと痛感させられる。


『お母さん達はアイドルが卒業した後とか、今の凛奈が就けそうな仕事とかがよくわからないの。でも凛奈が決めたことなら一生懸命サポートする』


 真っ直ぐに私を捉えるお母さんの瞳。あれだけ口出ししたくせに何も知らないなんて都合が良すぎだ。


 私は苛立つように歯を磨く手を強める。


 そもそも私が自分をわからなくなってしまったのは、両親からの口出しも原因の1つだ。


 成人した時から謎にピタリと止んだけれど、その時点で私は自分を見失っている。求められたキャラが張り付いていた。


「……今後なんて知らないわよ。私だって」


 歯を磨き終え、口をゆすいだ私は小さく怒りを溢す。


 アイドルになった時も、スターラインがトップに君臨した時も卒業後の人生なんて考えたことなかった。


 でも卒業した現在は嫌でも考えなくてはならない。


 アイドルとして顔を広めてしまった私が一般企業に就職するのは難しいだろう。例え就職出来ても何が起こるかわからない。


 だからと言って顔を見せない仕事をこなすスキルなんてものも無かった。


「結局、アイドルなんて…やらなければ…」


 そんな言葉を漏らした時、脳裏に世奈ちゃんの笑顔が映し出される。


 何を馬鹿なことを言っているんだ。アイドルをやっていなければ私は世奈ちゃんと出会えなかった。


 イカれた頭を覚ましたくて冷たい水を出すと、勢いよく顔へ擦り付ける。


 何度も何度も肌のことなんて無視して自分へ苛立ちをぶつけた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 冬の季節になった朝にこれは辛かった。でも怒りで昂っていた熱が収まった気がする。


 冷静になれたと思えばやった意味もあるだろう。


「もう逃げちゃダメよ。凛奈」


 鏡に映る私へ鼓舞するかのように声をかける。


 その姿は自暴自棄になった化け物とは程遠い、人生にしがみつく人間に見えた。


「私には世奈ちゃんがいる」


 私を生かしてくれたあの子のためならどんなことでも足掻いてやろう。


 アイドルは卒業した後が地獄であり正念場だ。


 ここからどう行動するかによって私と世奈ちゃんの未来が決まる。


 頬に流れる水をタオルで拭き取った私は、アイドルだった自分を睨みつけるように目を鋭くした。

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