表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
6章 不幸に見えて幸せな人 〜松野世奈〜
39/81

39話 アイドルだった君の知らない一面

「さぁどんどん食べてくれ。ただし!シメの分は残しておくように」


 グツグツと煮える鍋が篠崎家のダイニングテーブルに置かれる。


 お父さんが蓋を開ければ強烈な濃い香りがリビングに広がった。


「父さんこんなに作ったの?食べきれないじゃない」

「今日は育ち盛りの世奈さんが来ているんだ。これくらい普通だろ」

「世奈ちゃん。お父さんはこう言っているけど無理して食べなくて良いからね」

「大丈夫です。凄く美味しそう…」


 ニンニクがたっぷり使われているのだろう。香りは凄いけれど嫌なものではない。


 しかし、昼間に凛奈が言っていた「アイドルが食べるものじゃない」の意味はニンニクだけではないのがわかった。


 実はこの鍋、敷き詰められている具材がほとんど肉なのだ。野菜が無いわけではないのだが、目に見える物では少量しかない。


 肉鍋というのに相応しかった。


「凛奈。飲むかい?」


 そんな鍋に圧倒されているとお父さんは冷蔵庫からお酒を取り出す。


 3人分。つまりあたし以外の人達の分だ。


「じゃあ少しだけ」


 凛奈はお酒を受け取ると爽快感のある音を鳴らして蓋を開ける。


 お母さんも嬉しそうに開けていたからお酒が好きなのだろうか。


「世奈ちゃんはダメよ」

「飲みたいなんて思ってませんよ」


 ジッと見つめていれば凛奈はお酒を手で隠す。


 あたしはお酒に良い印象を持ってない。お酒を飲めば父親は暴れ出すし、母親は口うるさくなる。


 篠崎家はどうなのかはわからないけど変な酔いがないことを願おう。


「それじゃあ鍋取るから世奈ちゃん貸して」

「ありがとうございます」


 あたしは凛奈に器を渡して具材を取ってもらう。やはり掬っても中から別の野菜が現れることはなかった。


ーーーーーー


 ……酔ってる。あたしの隣に座る凛奈がベロベロに酔っている。初めて見る姿だった。


「んーー」


 特に何かを喋るわけではない。ただぼんやりとした目で鍋を見つめながらあたしの手を握っているだけだ。


「凛奈ってお酒弱いんですか?」

「強くはないな。俺も母さんもお酒強いんだが、凛奈は受け継がなかったようだ」

「いつもはまだ酔わないはずなのに今日は珍しいわねぇ」

「ん……」


 強く握ったり、時々擦り付けるように触れたりと凛奈の手は忙しく動いている。


 そんな手に応えるようにあたしも握り返せば…


「ふふっ」

「あら、笑ったわ」

「鍋に面白い物でもあったのかい?」


 テーブルの下で繋がれている手は向かい側の2人に見えていない。それを良いようにあたしは沢山握り返した。


 触れれば触れるほどご機嫌になる凛奈。その姿が本当に可愛くて胸が締めつけられる。


 こんな姿、推しとファンの関係では見られなかった。


 もっと見ていたい。しかし凛奈の瞼はどんどん下がっていって寝る寸前のようだ。


「凛奈。寝るならベッドにしな」


 お母さんは何本目かのお酒を口にしながら声をかける。その声掛けがいかにも親子らしくて微笑ましい。


 それでも唸るような返事しかしない凛奈の肩をお父さんが優しく叩いた。


「肩貸すから部屋に行こう」

「んー」


 あたしは咄嗟に手を離した。凛奈は強制的に身体を起こされたからか簡単に手が抜ける。


 フラフラする凛奈を支えながらお父さんは部屋に向かって行った。


「シメはまた明日だね」


 2人の後ろ姿を眺めるお母さんは面白そうに笑う。


「世奈さんの前ではお酒飲まなかったの?」

「はい。今のところは見てないです」

「まぁ、あの子自身も弱いの自覚しているから飲まなかったんだろうね」

「凛奈が実家に帰ってきた時は毎回飲んでいるんですか?」

「うん。あまり良いことではないんだけど、私達の方から飲ませちゃうの」

「そうなんですか…?」

「お酒を飲ませれば本当のあの子が見れる気がして」


 あたしはお茶を飲もうとコップに伸ばしかけていた手を止める。


 本当の凛奈。以前それで悩んでいたこともあったからか聞かずにはいれなかった。


「本当の凛奈ってお母さんから見てどんな感じなんですか?」

「そうねぇ……」


 お母さんは湯気が立っている鍋に目をやりながらまたひと口お酒を飲む。


 それに釣られたようにあたしもコップに手をつけた。


「甘えん坊で、泣き虫で、かまってちゃんで」


 知らない。そんな一面。


「アイドルで見せてきた凛奈よりもっと幼いと思う」

「……なるほど」


 甘えん坊な凛奈なんて見たことない。泣く姿は知っているけど、泣き虫のレベルではなかった。


 あたしの心の中に霧がかかり始める。今自分は何を思っているのかわからない。


「私ね。ずっと後悔していたの」

「後悔、ですか?」

「うん。凛奈をアイドル世界に行かせちゃったこと」


 何かをかき消したくてあたしはお茶を流し込む。冷たいお茶が喉を通れば、鍋の濃い味で支配されていた口の中をスッキリとさせてくれた。


 でも心はスッキリしない。


「突然オーディションに受かったって言うから、とりあえず送り出したんだ。最初は私も父さんも楽しかったの。凛奈もやり甲斐があるってひたすら突き進んでいたし」


 あたしは初期から応援していたファンではない。それでも過去の動画を漁って1から見直したことがある。


 確かに初期の凛奈は1番低い年齢でありながらも、年上メンバーを追い越すくらいの実力を見せていた。


「でもそれがいけなかったのね。凛奈よりも親の方が熱入っちゃって」

「えっ…?」

「凛奈は小さい頃からストイックな性格だったの。だからそれを後押しするように色々口出ししちゃったのよ。センターだからこうやって曲の紹介した方が良いとか。インタビューの答えをもう少しわかりやすく……とか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ