36話 年上の余裕と年下の初心
凛奈の実家に行く。
その言葉が頭の中で渦巻いていた。
凛奈曰くスターラインの卒業後、会うどころか連絡さえも取ってなかったらしい。凛奈本人が「放っておいて」とご両親に言っていたようなのだ。
でも流石に約3ヶ月もの間連絡を取ってなかったらご両親も心配する。
その結果、電話で顔を見せに来てと頼まれたそう。あの険しい顔にはそういう経緯が含まれていたのか。
「でもよくよく考えたら何であたしも…?」
「世奈ちゃん準備出来た?」
「あっ、はい!」
寝室の外から凛奈の声が聞こえて我に返る。
そうだ。もう後に引けない状態まで来ているのだ。
凛奈のご両親から電話があった日、「一緒に実家に行ける?」と聞かれてあたしは頷いてしまった。
だってあんな子犬みたいな目で言われたら断る選択肢なんて出てこない。
憧れの人と恋人になったのに、あたしの中にあるオタク心はいつまで経っても消えなかった。
「お待たせしました」
「………うん」
「え?なんかおかしいですか?服の着方間違えたとか…!?」
「全然間違えてないわ。過去にモデルの仕事を受けていて良かったと思っただけよ。じゃなきゃ服の情報に疎かった」
「似合ってると受け取って良いんですかね?」
「勿論。とても可愛い。似合ってるわ」
寝室の前で凛奈にジロジロと見られる。今日の服は凛奈が事前に買ってくれた物だ。
あたしにとって外出というのは久しぶりになる。何気に東京に来て初外出だろう。
前までは外に出るのが怖く感じてしまっていたけど、今の状態は安定しているから大丈夫なはず。
でも緊張しているのは隠せないようだ。凛奈はあたしを落ち着かせるために優しく包み込んでくれる。
「やっぱりやめとく?無理はさせたくないわ」
「大丈夫です。一緒に行くって決めたので」
「一応、親には世奈ちゃんのことを話しておいた。だから色々聞いてくることはないと思う。でも嫌なこと言われたら私に報告ね。何とか誤魔化して帰るから」
「はい」
「あと気分が悪くなっても言うこと。それと…」
「わ、わかってますよ。何かあればちゃんと凛奈に言いますから子供扱いしないでください」
あたしの背中を摩りながら話すことも加えると本当に子供扱いだ。17歳はまだ子供の部類だけど何だか悔しい。
少し拗ねるあたしに凛奈は笑うと、首筋に顔を寄せた。
「ごめんなさい。でも子供にこんなことしないわよ」
小さなリップ音が聞こえて鳥肌が立つ。あたしから離れた凛奈は意地悪な笑みを浮かべていた。
「…もう行きましょうよ」
「そうね」
やっぱり凛奈との触れ合いは慣れない。
キス以上のことはしてないけれど、キスもその前の段階でもあたしは恥ずかしくて仕方なかった。
でも凛奈はいつも余裕そうだ。年上ってズルい。
きっとあたしはこれからも凛奈には勝てない気がする。どうやってドキドキしてもらえるかと考えながら玄関に向かった。
「今出たら約束の時間より早いですかね?」
「…えっ?ああ、大丈夫よ。多分」
何だかハッキリとしない返事が聞こえてあたしは振り向く。
凛奈は帽子を被り、マスクを付けていたところだった。別におかしい様子はない。
少し首を傾げながらあたしは靴を履き始める。
その時のあたしは知らなかった。凛奈の長い髪の毛から見える耳が真っ赤に染まっていることに。




