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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
6章 不幸に見えて幸せな人 〜松野世奈〜
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35話 恋人という立場

「難しいわね。何度チャレンジしても勝てないわ」

「もう少しレベル上げをした方が良いんじゃないですか?」

「うーん……。世奈ちゃんパス」

「さっき交換したばかりですよ」

「良いの。私は世奈ちゃんが楽しそうにゲームやっている所を見ている方が好きだから」


 凛奈はそう言うとあたしにゲームのコントローラーを渡してくる。


 体調が回復した数日後、凛奈の自宅に例のゲームが届いた。あたしが知らない間に本体と話題のゲームソフトを買っていたようだ。


 どうしてもあたしとやりたくて、看病している間にネットで注文したらしい。


 ちなみに凛奈は体調不良のあたしの側に居たのに、風邪が移ることなくピンピンしている。


 アイドル時代から徹底されている体調管理能力が凄まじいお陰だった。


「あれ?なんか勝てそうな気がします」

「凄いわね。私はすぐに倒されちゃったのに」


 話題のゲームは1人プレイしか出来なく、凛奈と交代交代で進めている。


 でもほとんどあたしに任せっきりなため凛奈は見ている時が多かった。


「勝てた…!」

「世奈ちゃん凄い。なんでこんなスムーズに勝てたの?流石ね。天才」


 あたしがバトルに勝利すれば凛奈は大袈裟なくらいに褒めてくれる。多分、凛奈もこのゲームの仕組みを理解すれば勝てるはずなのだけど…。


 何故か凛奈がプレイすると負ける確率の方が高かった。


「少し休憩しましょうか。目が疲れちゃうと大変だし」

「はい。何か飲み物持ってきますか?」

「まだ大丈夫。だから……」


 凛奈はあたしからコントローラーを取ってテーブルの上に置く。そして甘えるように抱きついてきた。


「ちょっとの間、こうしていたい」


 ピッタリとくっつく凛奈の身体。あたしは嬉しくなって背中に手を回した。


 落ち着く香りが鼻いっぱいに広がる。


 凛奈と一緒にゲームをする時間も、ご飯を隣同士で食べる時間も好きだ。でも1番好きなのはこうやって近くで触れ合っている時。


「世奈ちゃん」

「何でしょう?」

「好きよ」

「私もです」


 この言葉を聞く度に愛されていると強く感じる。本当にあたしが凛奈の恋人になれたんだ。


 …実はなんとなく凛奈の気持ちはわかっていた。凛奈があたしに向けてくれる想いは特別なのではと。


 でも確信には繋がらなかった。だって相手は元トップアイドルであたし推しだ。自分の勘を疑うのが普通だろう。


 でも凛奈はその疑いを晴らすように告白してくれた。目を瞑れば今でもその瞬間を鮮明に思い出せる。


「世奈ちゃん」

「何ですか?」

「可愛い。本当に可愛いわね」

「顔見えてないですよ?」

「顔もそうだけど存在自体が可愛いのよ」


 恋人になったあの日から、凛奈は沢山愛を伝えてくれるようになった。


 もう我慢する必要がないと言わんばかりに抱えきれないほどの愛を。


 そんな凛奈のお陰であたしは本物の愛を知ることが出来た。17歳の小娘が何言ってんだと思われそうだけど、今までの愛が歪みすぎていたのだ。


 両親は愛情を送ったつもりでいたかもしれない。しかしあたしはそれを愛情とは受け取れなかった。


 でも……


「うーん」

「どうしたんですか?」

「凄く幸せだなって思ってたのよ」


 凛奈からの愛情は本物として受け取れる。あたし達の心に阻む壁は何もなかった。


 あたしはその愛情に応えるために強く抱きしめ返す。


 両親のこと。学校のこと。バイトのこと。考えなければならないのは沢山ある。


 しかし凛奈の隣に居ると全てかき消された。


 今でも凛奈はあたしの心の支えだ。


「凛……」


 あたしも愛を伝えようとしたその時、電話の音が鳴り響く。凛奈のスマホからだ。


 お互い電話に意識を向けてしまって自然と腕を解いた。


 画面の表示を見た凛奈は一瞬険しい表情をした後、スマホを耳に当てる。


「もしもし?」


 あたしと話す時とは真逆の冷たい声。何だか、書店で再会した時の凛奈を思い出す。


 あの頃の凛奈は心の状態が良くなかったから、ファンであるあたし相手でも冷たい雰囲気で話していた。


「ええ、元気よ。今自宅で過ごしている」


 話す内容からして近況報告。もしかしてスターラインのメンバーだろうか。


 すると凛奈はあたしの方をチラッと見て立ち上がる。寝室の方に指を差しているので、一旦離れると言いたいらしい。


 あたしは縦に頷くと電話の相手に相槌を打ちながら頭を撫でてくれた。


 そのまま冷たい声で話しながら凛奈は寝室へ行ってしまう。あたしはリビングで1人になってしまった。


「何しよう…」


 凛奈と一緒に暮らして1ヶ月半の月日が経った。あたしの知る限りでは凛奈のスマホに電話がかかってくるのは珍しい。


 もしかしたら知らない所でしていた可能性もあるけど、あたしの前では初めてだ。


 だからだろうか。何だか不安になってくる。


 リビングでは寝室からの声を聞くことが出来ない。盗み聞きするつもりはないが心配で堪らなかった。


「ゲーム、しようかな」


 あたしはリビングの扉をチラチラ確認しながらゲームを再開する。ストーリーは進めないでレベル上げだけしていよう。


 でも何だか楽しくない。凛奈としている時は楽しかったのに。


 あたしはいつの間にこんな弱虫になっていたのだろう。


 凛奈はただ電話をしているだけだ。あたしは黙って待っていれば良い。


 きっと、ここに来る前まではそう割り切れていたはず。


「………」


 ゲーム画面を表示させたまま、あたしはコントローラーを置く。背中を丸めて膝を抱え込もうとした時、リビングの扉が開いた。


「凛奈…!」

「ごめんなさい。1人にしちゃって」

「大丈夫です」


 電話が終わった凛奈はスマホを手に持ちながらあたしの側へ戻ってくる。


 しかし表情は曇っていて何かに悩んでいるようだった。


「あの、凛奈」

「ゲーム進めていたの?どこまでやった?」

「凛奈。何があったんですか?」

「………顔に出てる?」

「出てます」

「流石私の彼女さん。全部見破られちゃうわね」

「そ、そういうのは良いですから…。電話誰からだったんですか?」


 あたしが問い詰めると凛奈は小さく唸り出す。ほら、やっぱり何かあった。


 でも凛奈は言うか言わないか迷っている。そこは恋人の特権で聞かせて欲しい。


 もしかして凛奈よりも年下のあたしが解決出来るような問題ではないのだろうか。


 また不安という感情があたしの中で膨れ上がっていく。


 すると凛奈はあたしの頭に手を置いた。


「私の親から電話が来ていたの」

「凛奈のご両親?」

「ええ。………あのね世奈ちゃん」

「はい」

「私と一緒に実家行くことって出来るかな?」

「……え?」


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