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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
5章 君のための人生 〜篠崎凛奈〜
34/81

34話 互いに求める唇

 何だか穏やかな日に思える。実際は世奈ちゃんが熱を出しているので穏やかには程遠いのだが。


 しかし、日が高くなっても2人してベッドでゆっくりするのはとても心地よかった。


「寝た?」

「寝てません」

「寝なさい」

「寝れません」


 ベッドに座る私は、隣で寝転ぶ世奈ちゃんに声をかける。何回かこのやりとりをしているけど世奈ちゃんは一向に寝なかった。


「風邪薬って眠くなるはずよね?」

「眠気が全然来ません。あの、私も少しスマホを…」

「ダメよ。大人しく目を閉じてなさい」

「はい…」


 頑張って寝ようとしているのか目を強く瞑る世奈ちゃん。そんな健気な様子を斜め上から見ている私。


 相手にはダメだと言ったくせに自分はスマホをいじっていた。


「寝た?」

「そんな早く寝れません」

「そうよね」


 どうやったら寝てくれるだろうか。私のスマホには“眠る方法”と検索バーに打ち込まれている。


 色々と見てみたが、結局ピンときたものは特に無かった。


 どうしようと考えながら無意識に世奈ちゃんの頭に手を持っていく。ゆっくり撫でれば脱力したように頬を緩ませた。


「凛奈ってメンバーの子を看病したことありますか?」

「スターラインの?看病って程ではないけれどお世話したことは何回か」


 お世話なんて言っているけれど、持っている薬を分けてあげたり体調を気にかけるようにしていただけだ。


 そもそもメンバーが風邪になったら近づくことも出来ない。もし移ってしまったら沢山の人に迷惑をかけることになる。


 有名事務所だった故にお仕事やレッスンが頻繁に入っていたせいだ。


「そうなると看病は世奈ちゃんが初めてね。何かして欲しいことがあったら遠慮なく言ってちょうだい」

「もう十分ですよ。誰かに看病してもらうなんて小学生以来かもしれません」

「それ以降は風邪引かなかったの?」

「はい。案外丈夫な身体でした」


 仰向けになる世奈ちゃんは、おでこに置いた私の手に触れる。やっぱり寝れないようで既に目は開けた状態だった。


 トロンとした目は普段見れない表情で心臓が激しく動く。


 感情を誤魔化すように撫でれば世奈ちゃんの瞳に私が反射した。


「凛奈。お話ししたいです」

「良いわよ。何話す?」

「……ずっと気になっていたこと聞いても良いですか?」

「ええ」

「私をこんなに幸せにしてくれる理由、聞きたいです」


 ピタリと世奈ちゃんを撫でる手が止まる。

 幸せにしてくれる理由、か。


 その言葉がとても嬉しかった。この生活を幸せって思ってくれてたんだ。


 私は隠すことなく口角を上げて世奈ちゃんを見つめる。


「前も言った通り私は世奈ちゃんをアイドルだと思っている。それが答えよ」

「本当ですか?」

「疑っているの?」

「疑うっていうか、それだけじゃない気がします」

「じゃあ何だと思う?」

「……同情?」

「流石に違うわよ」


 世奈ちゃんは少し不安そうに眉を下げる。同情が全くないわけじゃない。


 でもそれが大きな理由にはならなかった。


 悪戯するように下がる眉を突っつくとくすぐったそうに首を振る。本当に可愛い。


「私はね。沢山の人を作り言葉で騙してきたわ。相手がこう言われたら嬉しいだろうって言葉を瞬時に思い浮かべて口に出す。本心でもないことを言うのが私にとっての普通だった」


 気付けば私は世奈ちゃんに話し始めていた。自分でも不思議に思う。


 この子と居ると、今まで見えてなかった想いや感情が顔を出してくる。


「そんな誰にも打ち明けてない秘密を花火大会の時に言ったのよ。しかも相手はファンの子に。普通、好きで応援していた人にそれを言われたら冷めるはずだわ。だって裏切られたと一緒だもの。……でもそのファンの子は泣いてくれた」


 眉から手を離した私は布団に潜って世奈ちゃんと向かい合わせになる。


 視線を私から外してほしくなくて両手で頬を包み込んだ。


「こんな汚い私に涙をくれるなんて思ってなかったの。一瞬、その優しさに縋って間違いを犯そうとしてしまった。でも1人になった時、世奈ちゃんの優しさに縋るのではなく守りたいって思うようになって。それが私を生かす理由にもなってくれて…」


 ああ、泣きそうだ。鼻の奥がツンとして痛い。やっぱり自分の気持ちを曝け出すのは大変だ。


 自分の想いを認識する度に目の奥が熱くなってくる。


 花火大会の日に味わった苦しさが私を襲う。この先を伝えて良いのだろうか。


「けれど一緒に過ごせば過ごすほどその優しさは私だけに向けて欲しいなんて思っちゃうし…」


 世奈ちゃんの視線を固定しているくせにこんな私を見て欲しくないという矛盾の気持ちが生まれる。


 すると私の両手に世奈ちゃんの手が重ねられた。冷たい手同士が1つの体温になる。


 …無理かもしれない。耐えられなくなりそうだ。私が実らせた想いがこの子を縛りつけてしまうかもしれないのに。


「世奈ちゃん、ごめんなさい」

「別に凛奈が謝ることなんてないですよ」

「違うの。違くって…」

「凛奈?」

「今から言うことに対しての、ごめんなさいよ」


 余裕がなく震える声。今にも涙が溢れ出そうな瞳。


 自分でも情けないと思ってしまうけど元に戻すなんて出来なかった。


 本当は先の未来をちゃんと考えてから言うべきだ。想いを匂わせることを何度も言ってきたとしても、次の言葉で全てが決まる。


 たった2文字が確信へとなってしまうのだ。


 それでも言いたい。もう喉まで這い上がっている。


 先のことなんてどうでもいいと感じるくらい想いに洗脳されている。私の頬に一滴の涙が筋を作った瞬間だった。


「世奈。好きって言っていい……?」

「…良いですよ。凛奈」

「っ…好き。世奈が好き。離れたくないし離したくない。尽くす理由も世奈が好きで、笑っていて欲しかったから」

「はい」

「守る。絶対に私が世奈を守るわ。今まで以上に幸せにしてみせる。だから………アイドルじゃない篠崎凛奈の恋人になってください。ずっと側に居てください」


 重ねられていた世奈ちゃんの手が私の頬に触れて涙を拭ってくれる。


「よろしく、お願いします」


 世奈ちゃんの返事が耳に届いた瞬間、私は何も言わずに顔を近づけた。


 2回目のキスはこれ以上にないくらいの幸福感が全身に広がっていく。


 世奈ちゃんは受け入れるように私の首に腕を回した。


「生きていて良かったです」


 唇が離れた時、小さくそう呟いてくれる。


「ええ、私も」


 相手に熱があるだとか、未成年だからとか関係なくキスを交わした。顔が離れる度に私達は希望に満ち溢れた笑顔を浮かべる。


 これは作り物ではなく心からの感情だ。


 この時初めて、私は自分の素を見ることが出来た気がした。


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