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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
5章 君のための人生 〜篠崎凛奈〜
32/81

32話 愛おしい寂しがりや

 幸せだ。隣で聞こえる寝息がこんなにも愛おしく感じる。


 10月の下旬に差し掛かる日の朝。寒さのお陰で世奈ちゃんの体温がより伝わって私の顔は綻んだ。


 私は向けられている背中に片手を当てる。安定した心拍数だ。


「世奈ちゃん」


 小さく名前を呼んでみる。時刻は朝の6時を過ぎた頃。まだ寝ていたい時間だろう。


 それでも私は小さな声で呼び続ける。


「世奈〜、せーな」


 これだけ呼んでも起きないのなら夢の中に居るはずだ。私は少しだけ布団の中に潜り片手を当てていた背中におでこをつけた。


「ふふっ」


 こんなことメンバーにでさえやったことない。


 抱きつかれることは多かったけど、自分から抱きつくことは無かった。そんな私が17歳の少女に抱きついていると知ったらどんな顔をされるだろう。


 でも今はメンバーのリアクションを想像するよりも世奈ちゃんのことだけを考えていたい。


 そう思いながらまた目を瞑る。


「……私が守るからね」


 今のところ、世奈ちゃんの両親の動きは何もない。毎日のようにネットで捜索願いを出されてないか確認している。


 連れ去らなければならない状況とはいえ誘拐には変わりないのだ。


 でも私は負けない。


 身体に残る傷の写真は撮ってある。それに世奈ちゃんが時折話す実家での出来事も記録済みだ。


 あっちがいつどんなことをしてきても、手札はちゃんとある。


「ん…」

「世奈ちゃん?」


 小さな声が出たと思えば、世奈ちゃんはゆっくりと動き出す。名残惜しいが私はぶつからないように離れた。


 赤い頬を見せるように仰向けになる世奈ちゃん。年相応の寝顔は凄く可愛い。


 しかし私は眉間に皺を寄せた。


「熱かしら?」


 そっと頬に手を当てると体温が高いのがわかる。あれだけくっついていたのに気付かなかった。


 すると世奈ちゃんの目が眠たそうに開けられる。


「冷たい…」

「あっ、ごめんなさい。手が冷たかったわね」

「大丈夫…気持ち良い」

「世奈ちゃん。眠いのに申し訳ないんだけど熱測らせて?すぐ終わるから」


 寝起きで覚醒してないのか、世奈ちゃんは適当に頷く。


 私はベッドから出てリビングにある体温計を取りに行った。


「そういえば、この前は世奈ちゃんが持ってきてくれたんだっけ」


 体温計を手に持てば逃避行中に熱を出した時を思い出す。


 旅先の熱だったため、世奈ちゃんに頼ったのだ。その後に色んなことがあったからか遠い昔に感じてしまう。


 リビングから寝室に戻れば世奈ちゃんは暑そうに身体を出していた。私が体温計を差し出せば素直に脇に挟んでくれる。


「喉痛いとかある?」

「ないです」

「咳や鼻水は?」

「特に」

「暑い?」

「暑いです」


 段々と目は覚めてきたらしい。言葉はハッキリと話せてる。


 数秒経てば体温計が鳴って、取り出した世奈ちゃんは顔を顰めた。


「何度だった?」

「36.6です」

「見せて」

「……」

「例え熱だったとしても迷惑なんかじゃないから。むしろ慣れない環境で熱を出さなかった今までが凄いと思うわ」


 渋々体温計を渡されて確認すれば37.5の表示。普通に熱を出している。


 本当なら病院に行って診てもらった方が安心なのだけど…。


「2択ね。病院に行って診察してもらうか、1日寝て回復を期待するか」

「回復を期待します」

「わかった。でももし明日までに下がらなかったら病院に行こう?」

「はい」

「まぁ連れて行かないで済むように私も看病頑張るわ」


 世奈ちゃんが後者を選んだのならそれに従うだけだ。無理矢理連れて行くのは気が引けてしまう。


 それによって私が嫌われたら立ち直れなくなる。


「薬飲ませたいんだけど生憎風邪薬を切らしていたの。今からコンビニ行ってくるけど食べたい物ある?」

「コンビニ…?」

「ええ、コンビニ」


 あまりコンビニの食べ物は好きではないのだろうか。でも今の時間帯はコンビニしか選択肢がない。


 少し行けば24時間営業のドラッグストアがあるけどそこまで時間を掛けたくなかった。


 私はしゃがんで横になっている世奈ちゃんの頭を撫でる。そうすれば安心したように目を細めた。


「もしかして寂しくなっちゃう?」


 からかうように問いかけてみる。世奈ちゃんにそんなイメージはない。


 私は即座に否定されると思った。しかし、世奈ちゃんは黙ったまま恥ずかしそうに私を見つめている。


 ……当たってしまったようだ。


「すぐに帰ってくるわ。なんならダッシュで行ってくる。ここの近くにコンビニがあるから貴方が思うより早く帰れるから安心して」

「は、はい…。でもゆっくりで良いですよ?怪我したり事故に遭ったりしたら嫌なので」

「もし寂しいのなら電話繋いだまま行こうかしら…?常に私が話しかけていれば世奈ちゃんも寂しくないはず」

「そこまでしなくても…!」

「そう?なら今すぐ行ってくるわ。大人しく寝ててね」

「はい」

「何かあったらすぐに連絡すること。小さなことでも良いから」

「わ、わかりました」

「私が出る前にトイレ行っておく?途中で倒れたら大変」

「大丈夫です!もう行くなら行ってください!」


 世奈ちゃんは布団を頭まで被って私から隠れる。そんなことしたら余計に暑いはずなのに。


 私は最後に丸まった布団を撫でて寝室から出て行こうとした。


「凛奈」

「ん?どうしたの?」

「……いってらっしゃい」


 目元だけを出した世奈ちゃん。それだけを言うとまた布団に潜り込む。


 私は湧き上がる感情に耐えながら扉に手をかけた。


「行ってくるわ」


 静かに寝室の扉を閉めた後、私は早歩きで玄関に向かう。こんなのまるで恋人みたいではないか。


 実際はそんな関係ではないのに嬉しくなってしまう。


 早く行って、早く買って、早く帰らなければ。私は自宅の鍵を閉めてコンビニへと向かい出した。


「あっ、何食べたいか聞くの忘れた…」

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