30話 認めたくない幸せ
扉を全開にした私達は無言になる。ガコンっと音を立てながら箱が1つだけ転がり落ちた。
「セーフだと思います」
「そうね…」
気を遣うように世奈ちゃんは言ってくれるけど逆に申し訳なくなってくる。
明るい部屋でちゃんと見ると明らかにアウトの領域だった。
「どうする?逃げる?」
「何処にですか」
「リビングに…」
「でも凛奈がやりたいことを今日はやるって決めました」
「そうね…」
2回目の「そうね」で私は肩を落とす。
世奈ちゃんに見られるくらいならちゃんと整理していればよかった。そもそも掃除を提案しなければよかった。でももう遅い。
私は世奈ちゃんと次々にクローゼットの中身を出していく。
「その衣装ケースは雑誌とか入ってるわ。重いから引きずって出してちょうだい」
「これって、凛奈が出てない雑誌もありますよね?」
「よくわかったわね。メンバーが取材された雑誌はなるべく買って読んでいたの。建前でも、この子はどんな受け答えをしているのか。どんな風に思っているかがわかるから」
「凄いですね……」
世奈ちゃんは何か言いたそうな表情をしたけど、一瞬で元の顔に戻ってしまう。
私は深く考えることなくCDが収納されているケースを引っ張った。
「ちなみに全部捨てる予定ですか?」
「そのつもりよ。持っていても仕方ないし」
「結構な量になりますね。分別とか大変そう」
「適当で良いわ。捨てられればそれで十分」
CDをケースの中から取り出すたびに、アイドルの篠崎凛奈の写真が目に入る。卒業した今ではどれも似たような表情に見えてしまった。
チラッと横目で世奈ちゃんを見れば何だか笑っている。しかも雑誌やCDに向けてではなく私の顔を見ながらだ。
自然と出たような微笑みは私の心臓を跳ね上がらせた。
「どうしたの?」
動揺なんてしてません。そんな意味を込めて澄ました顔で問い掛けてみる。
「一緒に過ごしてわかったんですけど、凛奈って自分のことになると適当さが出るんですね」
「え?」
「自分は後回しの対象って言うか。私のことは細かいくらいに気にするのにな…って」
「た、例えばどんな所が適当?」
「そうですね…」
世奈ちゃんは目の前に置いてあった雑誌類を触り出す。すると私は、雑誌と雑誌の間に何かが挟まっているのに気付いた。
それを取り上げると見やすいように向けてくれる。
「これ捨てちゃって大丈夫ですか?」
「………」
私は世奈ちゃんに掲げられている物に何も言えなくなる。
たった1枚の紙。それもノートの端っこを破いたような紙だ。しかし重要なのは書いてある内容。
【凛奈先輩へ!初のインタビューで凛奈先輩についてお話ししたので是非読んでくれると嬉しいです!】
私よりも後に入ってきた後輩から受け取ったものだ。ずっと忘れていたけど、中にはメンバーから貰った雑誌もある。
これをくれた後輩は卒業ライブの時点で20歳。初のインタビューとなると、彼女がスターラインに加入した17歳の時だろう。
「……捨てないでおくわ」
「わかりました。自分の気持ちを適当に決めつけて全部捨てようとしちゃダメですよ?」
「ごもっともね」
「この雑誌に挟まっていたので一緒に退けておきますね。こっち側に捨てない物を置きましょうか」
「ええ」
全部要らないと思っていた。もうアイドルの過去に縛られたくないから捨てるつもりだった。
でも蓋を開ければ捨てたくない物が出てきてしまう。もしかしたら、アイドルの過去全てが辛いものではなかったのかもしれない。
少し、少しだけそう思ってしまった。
その後も世奈ちゃんと相談しながら1つ1つの物を整理していく。
「このマフラータオル、キャプテンのサイン書いてません?でも何で凛奈の名前が書いてあるタオルにキャプテンのサイン?」
「本当ね。全く書かれた覚えが無いのだけど」
「あっ、こっちは初の全国ツアーのDVDだ!生で見てみたかったな」
「確か全国ツアーの成功がきっかけでスターラインも伸び始めたのよね」
流石スターラインのオタクだ。世奈ちゃんは初期の物から最近の物までほとんど把握している。
片付けを始めた時よりもテンションが上がっているようで楽しそうだった。その勢いで私はどんどんクローゼットから物を出していく。
いつの間にか寝室にはゴミ袋と残す用のグッズで埋め尽くされてしまった。
「そろそろキリがいい所でお昼にしましょう。少し過ぎちゃっているけど」
「了解です。2人で話しながらやっているとあっという間に過ぎていきますね」
「ええ。それにしても世奈ちゃんは掃除が得意なのかしら?動きがスムーズでやるべきことが明確っていうか」
掃除を始めて1時間半くらい経っているけど順調なペースで出来ている気がする。
私1人だったら全て捨てるにしても時間が掛かっていただろう。
世奈ちゃんが指示してくれるから迷う暇なく片付けられていた。
「掃除が得意って言うか、やらざるを得なかった環境だったので」
「あっ………ごめんなさい」
「良いんです。2人ともだらしない生活してたんで放っておくと虫が湧いちゃうんですよ。虫湧いたら凛奈のグッズ汚くなっちゃうし」
世奈ちゃんは諦めたように笑っているけど私は笑うことが出来ない。
単純に質問したのが過去へと繋がっているとは思わなかった。これからは今よりも慎重に考えて話さないと。
「凛奈」
顔を険しくしながら黙り込む私に世奈ちゃんは手を重ねてくる。私はもう一度謝った。
「凛奈が謝る必要はないんですよ。だからこれからも気軽に質問してください」
「ええ…」
「それじゃあ次はこのダンボールを整理しましょう。終わったらお昼にします?」
「そうね。そうしましょう」
ダメだ。しっかりしないと。
私が沈んでいたら世奈ちゃんはもっと気を遣ってしまう。年上としてここはちゃんと割り切らなければ。
私は深呼吸した後世奈ちゃんが持って来たダンボールを受け取る。
「ん?これって…」
ダンボールの蓋の裏に書かれていたのは“ファンレター”の文字だった。




