28話 私だけのアイドル
「あたしはアイドルなんかじゃ」
「アイドルよ。私だけのね。本来の目的よりも貴方のことを考えちゃうもの」
「何でそんなに…」
「わからない。でも惹かれているのは確かだわ」
少しだけ顔を上げて私を見てくれる世奈ちゃん。優しく微笑み返せば、強く唇を結んだ。
新幹線の乗客はまばらに座っている。誰も世奈ちゃんと私のことなんて気にしていない。
「まずは東京に行って私の自宅に帰る。世奈ちゃんの心と身体が落ち着くまではゆっくりしていよう?勿論、行きたい所があったら何処へだって連れて行く。衣食住は気にしなくて良いから、自分好きなように過ごして」
「……悪いです」
「さっきも言ったけど貴方は悪くない。それに私がしてあげたいことだから黙って甘えて」
この子は私の本心をそのまま受け取ってくれるだろうか。今まで辛い思いをしてきたせいで疑い深い部分もあるかもしれない。
これからのことに不安を抱いているのか指先が私よりも冷たくなっていた。
「私ね。本屋で貴方と再会した時、怖かったのよ」
「え?」
「話しかけるなんて自分でも思ってなかった」
今でも覚えている。世奈ちゃんに顔を見せる前に眺めていた雑誌を。
その雑誌には撮影現場でも顔を合わせていた男性芸能人の特集を掲載していた。
“ファンと夢を叶えたい”
いかにもあの人が言いそうな言葉だ。多分、私が捉えた意味と本人が言った意味は全然違うと思う。
けれどその言葉に動かされたのだ。
別に共に死んでもらおうなんては考えてない。当時の私に夢なんて無かったけど………きっと何かに縋りたかったのだと思う。
「今も顔を見せた選択は間違ってないと思える。ファンと再会するのは手が震えてしまうくらい怖かった。でも世奈ちゃんとまた会えてよかった。偶然の運命に感謝だね」
「凛奈…」
「だから今度は世奈ちゃんの希望を叶えさせて。世奈ちゃんは私の希望を叶えてくれた。世奈ちゃんにとってはファンと推しの関係かもしれない。でも私にとってはまた違う関係だから」
こちらを見る世奈ちゃんの目が潤む。私の胸が強く締めつけられた。
しかしまずは信用してもらわないと。自暴自棄になっていたとはいえ、あんなことはしてはならない。
「この前は、ごめんなさい」
「…大丈夫です」
「もう絶対しない」
「別にしても構いませんよ」
「な、何言ってるの。ダメよそんなこと言っちゃ」
明らかに動揺した態度をとってしまう。そんな私に世奈ちゃんは小さく笑みを溢した。絶対からかっている。
アイドル時代、冗談でメンバーがからかってきても動揺することはなかった。なのに世奈ちゃん相手だと心臓が速く動いて恥ずかしくなってくる。
惹かれているとは言ったけど、もう完全に恋に辿り着いてそうだ。本当に不思議な子。
「……自分は大切にしなさい。それが出来ないのであれば私が大切にするから」
「はい」
世奈ちゃんの目から一滴の涙が落ちる。拭おうと手を上げるが自分で拭かれてしまった。
今の世奈ちゃんは私が持っていた長袖の服を着ているため肌が見えてない状態だ。でも一度見てしまった私は服の下にある傷が想像出来てしまう。
『貴方は綺麗ね』
過去に私はそう言ったことがある。でも本人は綺麗じゃないと頑なに否定していた。その意味が今になってわかる。
同時に綺麗なものにはそそられなかった私が世奈ちゃんに惹かれる訳を知った。それは彼女が綺麗の中に人間の汚さを持っているからだ。
きっと私は全てが綺麗ではなくて、汚い部分もあるものが好きなのかもしれない。そんなこと世奈ちゃんには言えないし言うつもりもないけれど。
「そろそろ、肌寒くなってきたわね」
私はくっ付きたくなって世奈ちゃんに寄り添う。新幹線は暖かいのに変な理由になってしまった。
でも世奈ちゃんは何も言わずに私の肩に頭を乗せる。
私の未来はアイドルを卒業した時点で黒く染まったと思った。でもそんな未来が今は灰色に変化して行く。
東京に着くまでまだ少し時間がある。これから何をしていこうか。
先のことを考えるのは辛いはずなのに、世奈ちゃんとの生活を想像するのは楽しくて仕方なかった。




