27話 救いの誘拐
東京行きの新幹線に乗り込んで30分程経った。
やっとひと息つけたと私は肩の力を抜く。窓の外から見える景色は真っ暗で徐々に日が短くなっているのを表していた。
窓に目を向ければ自然と少女の姿が映る。ひじ掛けを跨いで繋がれている手に私は力を込めた。
「凛奈…?」
「足の痛みは大丈夫?」
「はい。手当してくれてありがとうございます」
「そこまで深くは無かったけど、また後で確認させて。バイ菌が入ったら大変だから」
「はい」
弱々しく笑顔を無理矢理を作る世奈ちゃん。その表情に酷く胸が痛む。
私は世奈ちゃんを捕まえた後、東京にある自宅へ向かうことにした。最後の地を探していたが一人暮らししていた自宅はまだ解約していない。
だから家具も私物も置きっぱなしだ。2度と戻ることないと思っていたのにこんな理由で帰ることになるなんて。
「眠い?」
「いえ」
「ならお話ししても良い?」
「はい」
短い返事をする世奈ちゃんは俯いて私に視線を当ててくれない。表情はわからないけど、本人が良いと言うのなら話させてもらおう。
これまでとこれからについて。
「花火大会の次の日には私は別の場所に移動していたわ。この1ヶ月間県内を転々としていたの」
短いようで長かった1ヶ月だった。古びた場所にも真新しい場所にも足を運んでみた。
食べたことない料理を食べて、試しに温泉旅館にも泊まった時もある。でも全然楽しくなかったし何より見つからなかった。
「私は最後の地と称して死ぬ場所を探していた。でも見つからなかった。場所も、素の私も」
世奈ちゃんの手がピクリと動く。死ぬ場所なんて言ったこと無かったから驚かせただろうか。
私は安心させるように絡めた手を握り直す。
「大丈夫。もう自分から死のうとは思わない。だから世奈ちゃんに会いに行ったんだもん」
「…どうやってあたしの家を」
「貴方のバイト先の店長さんから聞き出した」
「店長に?」
「そう。最初は会えるかもって思って顔を出したのよ。でも貴方の姿は無くて」
私は会えるまで毎日本屋に行こうとも考えた。でもいつ会えるかわからない状況でまた滞在するのは難しい。
それに辞めてしまっていた可能性だってあった。あんなことをした私に会えなくなるようにと思えばその手段もあり得るだろう。
「だから思い切って聞いてみたの。松野世奈って子は来ていますか?」
「それで店長は」
「今日は来ていない。貴方は松野さんのお友達?って聞かれたわ。その時の店長の表情が酷く心配したような顔でね。咄嗟にそうですって言っちゃった」
店長は私が世奈ちゃんの友達とわかった瞬間、誰も居ない書庫へと通した。そして尋ねられたのだ。
最近世奈ちゃんに何かあったのかと。
私には心当たりはあるけど、最近の世奈ちゃんがどんな風なのかはわからない。
首を横に振ったら店長はより心配する表情になった。
「あれだけ心配しているから気になってね。友達だけど家に行ったことないから教えてくださいってお願いしたらあっさり教えてくれたの」
もし私が単純にストーカーだったらどうするつもりだったのだろう。でも店長は私を見極めて託してくれたように思える。
世奈ちゃんの家はそこまで遠い距離じゃなかったから、私はすぐに向かうことが出来た。
「この1ヶ月、ずっと世奈ちゃんのことを考えていた。考えないようにしても自然と浮かんでくるの。いつの間にか逃避行の旅の目的よりも世奈ちゃんに会いたいって気持ちの方が強くなっていたわ」
会ったところでどうしようかとは考えてなかった。
でもまずは謝って、世奈ちゃんの気持ちを聞く。もし会いたくないと言うのならそれで諦めよう。
この後の状況を何も知らなかった私はそんなことだけを考えていた。そして家が近くなってとりあえず電話をして確認しようとしていた時だ。
「足音がして振り返ったら今にも壊れそうな貴方が私に向かって走ってくるんだもん。びっくりしちゃったわ。電話には出なかったのに何で?って思った瞬間にはもう抱きしめられていた」
半袖の服から覗かせるアザと傷。静かに泣く世奈ちゃんの姿。そして遠くから聞こえる貴方を呼ぶ声。
「現状を聞かなくても連れ去らなきゃって思った。例え私が誘拐犯になったとしても」
そこからは早かった。
駅に向かいながら新幹線の時間を調べて2人分のチケットを買った。しかし改札を通る前に世奈ちゃんの表情が歪んでいるのに気付く。
問い掛ければガラスの破片が散らばった階段を降りてきたそうだ。すぐさま近くの売店で消毒と絆創膏を買って、新幹線に乗り込んだ後トイレで手当てをする。
その際に見せてもらった足は、ガラスの破片だけではなくアザが何箇所も刻み込まれていた。それだけで世奈ちゃんの痛みが強く伝わってしまう。
きっと怪我は足だけではない。自宅に戻ったら強制的に確認させてもらおう。
それは下心とか全く関係なく、写真で記録していざという時の武器にするためだ。
「凛奈は」
「ん?」
世奈ちゃんの今までを考えていると自然と怒りが湧き上がってくる。しかし世奈ちゃんの小さな声は私の怒りを落ち着かせてくれた。
「誘拐犯じゃない、です。あの時凛奈が電話してくれなかったら……居てくれなかったら……」
震える世奈ちゃんの頭を撫でる。座っていると抱きしめられないのが悔しい。
もっと早く世奈ちゃんの元へ行けばよかった。でも逆に遅くなっていたらと考えると私まで怖くなってくる。
「もう大丈夫。私が守るから。私にとって世奈ちゃんは、アイドルだから」




