26話 再開
「え…?」
受け止められた。幻覚であるはずの凛奈に。何が起こっているかわからないあたし。
そんなあたしをより引き寄せるかのように凛奈は背中に手を回した。もしかして走馬灯的なやつだろうか。
今日はいつも以上に蹴られて殴られた。元々壊れかけていた身体だ。肉と骨が耐えられなくなったのかもしれない。
最後の最後に神様が凛奈に会わせてくれた。きっとそうだ。
「凛奈」
自然と名前が口から出てくる。甘えるように凛奈の肩に顔を埋めた。
そうすれば凛奈は更に力を込めてくれる。やっと触れられた。これが最後なら幸せなのかもしれない。
「世奈ちゃん!何処に居るの!?」
「ひっ…」
あたしは小さな悲鳴と同時に肩が跳ね上がる。獣の怒号で現実へと引き戻された。
走馬灯は消えた。しかしあたしは凛奈に抱きついている。感触も相手の呼吸もリアルに感じられた。ということはこれは走馬灯でも幻覚でもないのか?
あたしは凛奈への混乱と獣に捕まえられるという恐怖の感情が混ざり合う。しかしどうしても恐怖の方が勝ってしまった。
神様なんて居ないかもしれない。そもそも神様が居てくれたら恐怖なんて味わう必要ないはずだ。今まで苦痛を受けてきたのも神様が存在しなかったから。
獣の声は段々と近づいてくる。家から離れたとはいえ、探せない距離ではない。
終わるかも。でも終わりたくない。
「世奈ちゃん、私はここに居る」
「凛、奈……」
「私の声を聞いて。私の体温を感じて。私以外見ないで」
あたしの耳に囁く凛奈。落ち着いた声とほのかに温かい体温。幻覚でも幻聴でもない。
ちゃんと目の前に存在している。混乱は一瞬で確信に変わった。小さく頷けば凛奈の唇があたしの片耳に触れる。
「行こう」
「行くって、何処に…」
「今度は貴方が逃避行する番よ」
凛奈は抱きしめていた身体を離して微笑みかけた。
「逃げて良いの…?」
「勿論。でも今は逃げるという言葉ではないわね」
空っぽだったはずのあたしの手に凛奈の手が絡められた。
前と変わらず、とても冷たい手。それはあたしに与えられた熱を書き換えるように安心させてくれる。
「まずは私が貴方を攫うわ。一緒に逃げるのはその後」
あたしは優しく凛奈に手を引かれて前へと進み出す。1歩、1歩と闇から離れていくようだ。
「貴方は何も悪くない。自分が不幸だと思うなら私が幸せにする」
こんなに優しくされたのは初めてだ。凛奈が話す全てに涙が出てしまう。
聞きたいことは色々ある。話したいことも沢山。
でも今は何も言わずに攫われよう。暗くなる空はあたし達を隠してくれるようだった。
「凛奈」
「何?」
「離さないで」
「離さないわよ。ずっと」




