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アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
4章 必然の運命が動き出す 〜松野世奈〜
19/21

19話 “頑張れる”の無駄遣い

 時間になったあたしは店長に挨拶をして本屋から出る。店長は不安そうな表情を浮かべていたけど、あたしは無視してそそくさと立ち去った。


 あれ以上問い詰められたらこっちも大変だし母親を待たせることにもなる。


 スマホを取り出してメッセージを送れば秒で既読が付いて位置情報が送られてきた。


「ここに向かえってことか」


 どうやら帰り道の途中にある運動公園で待ち合わせらしい。バイトが終わるまでの23分間、母親は何をしていたのだろう。


 考えるのも面倒だ。他にも考えることは沢山ある。


 けれども、この後嫌なことが起きるというのはずっと頭の中に浮かんでいた。


「はぁ…」


 外の暑さとこれからの憂鬱さでため息が漏れる。


 すると運動公園に向かう途中、とある学習塾の前を通った。ここは母親であるあの人の職場だ。


 あたしはガラス扉の奥に居る生徒と先生をチラ見する。夏休みだから夏期講習という名目で頑張っている生徒達。


 あたしと同い年の人も沢山通っているはずだ。


 そんな生徒をサポートする先生は忙しそうに動き回っていた。母親もここで仕事をしている時はちゃんと先生なのだろうなと想像する。


 優秀で理想像が高い親を持つと子は大変だ。

 それは生まれる前から決まっていたこと。


 羨むような眼差しで生徒達を眺める。あたしはここに居る人達とは違って頑張れなかった人だ。


 現実を突きつけられる度に息が苦しくなる。強く唇を結んで込み上げる何かに耐えた。


 学習塾を横切ったあたしはスマホを握りしめて運動公園へと足を進めていく。憂鬱さと苦しさはさっきよりも倍に膨らんでいた。


ーーーーーー


「お待たせしました」

「もう少し早く来ると思ったけど」

「ご、ごめんなさい」

「そうね。……ちょっと家帰る前にママとお話ししよう?そのため待っていたんだから」

「はい…」


 母親は運動公園にある木の下のベンチであたしを待っていた。


 そういえばこの前凛奈と来た時もここに座った覚えがある。


 少しだけ距離を取ってあたしが腰を下ろせば母親は微笑みながらこちらに体を向けた。


「世奈ちゃんバイトは楽しい?」

「はい」

「そっか。楽しんでもらえてママも嬉しい。でもそろそろ前期の期末試験あるでしょう?お盆が終わった頃だったっけ?」

「そう、です」

「勉強はしている?いくら通信制で競争っていう概念がなくても世奈ちゃんはトップ取らなきゃダメよ?良い?ママはまだ世奈ちゃんは堕ちてないって信じているの。パパはもう諦めているけど良い大学にさえ這い上がれば全てが元通りなんだよ。わかる?」

「…わかります」

「まぁ通信制の授業はレベルが低いっていうからトップ取れて当たり前だよね。この前ママが塾でコピーしてきた高校の問題集はちゃんとやっている?」

「やってます」

「なら良いの。タダで貰った物だからと言ってやらないのは論外だからね」


 表情も声も柔らかいのに言っていることは脅迫のように捉えられてしまう。あたしの母親こそ、演じている人間なのだと思った。


 凛奈と違うのは誰かのために演じているのではなく自分のためということ。


 公共の場では優しい印象を持たせる母親を演じて、家の中では欲望を満たす獣を剥き出している。それを知っているからこそ怖かった。


「ママが言いたいのはこれだけじゃないの。もう1つ大事なお話があるんだけど聞いてくれる?世奈ちゃん」

「…はい」


 聞きたくなくても聞かされる。

 あたしが「聞きたくない」と言えないのを知っているのに、わざわざ首を傾げるのは理解出来ない。


 凛奈が首を傾げる表情はあざとさがあってとても可愛かった。でもこの人はあざといなんてよりも有無を言わせないための仕草に見えてしまう。


 母親から視線をずらして地面を見ていると、もう一度名前を呼ばれた。


「世奈ちゃん」


 こっちを見ろ、目を合わせろ。

 言葉にしなくても思っていることが伝わってくる。


 恐る恐る目を向ければ、突き刺すような視線があたしを貫いた。


「学費、そろそろ足りなくなりそうなの」

「……え?」

「ママは塾の先生やっているけどそこまで収入があるわけじゃない。パパは家にいるからお金の面では頼れないでしょう?そうなると世奈ちゃんの力も必要になってくるなって思って」

「で、でもあたし食費の方に出して…」

「私立の通信制の学費いくらかかっていると思う?」

「っ…!」

「それは世奈ちゃんも知っているよね?公立の学校だったらそんな心配もしなくて良かったかもしれないね?そもそも公立に行けていたらパパもお仕事頑張ってくれていたから、こんな貧困な暮らししなくて済んだかもね?」


 責めるように次々と言葉を投げる母親。拳の暴力も痛いけど、言葉の暴力も泣きそうになるくらい辛かった。


「だからバイト増やしてもらえる?」

「バイトを…?」

「ママは世奈ちゃんに大学に行かせたいの。勿論ママも頑張るから。本屋のシフトをこれ以上増やせないのなら他のバイト探して?」

「でもそしたら勉強が」

「大丈夫!世奈ちゃんは頑張れるから!睡眠時間を少し削れば良いだけじゃない!」

「……」


 この人は、本当に母親で家族なのだろうか。膝に乗せてある両手の中で汗が滲み出た。

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