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【完結】アイドルの君が死んだ後  作者: 雪村
4章 元アイドル 〜篠崎凛奈〜
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17話 化け物の決意

 私のファンである世奈ちゃんに拒絶された。

 その理由は深く考えなくてもわかってしまう。


 世奈ちゃんが部屋から出ていった後、私は現実逃避するかのようにバスルームへと逃げ込んだ。


 ワンピースを着たまま浴槽に入ると息つく暇なくシャワーを出す。


「ひっ…」


 冷たい水が頭に掛かって小さな悲鳴が出た。でもそれは最初だけ。


 段々と温かくなるお湯は、気を抜けば震えそうになる身体を落ち着かせてくれた。


「世奈、ちゃん」


 シャワーの音に消されるあの子への呼び声。


 落ち着いた脳で考えれば本当に何をしているんだろうと自分の行いに怒りを感じる。

 勝手に嘆いて、唇を奪って、襲おうとする私の言動は許されたことではない。


「っ馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!」


 ワンピースは水が染み込んで重みを増してくる。それさえも鬱陶しくなってしまった私は乱暴に服を脱いで裸になると、隠れるように縮こまった。


 世奈ちゃんに触れられた肩を引っ掻く。

 世奈ちゃんに触れてしまった手を噛む。


 こうでもしないと自分への怒りが収まらない。アイドルだったら絶対に出来ない行為。


 自分を傷つけるなんてこんなに痛くて辛いものなのか。


「何が素を探してよ…!?頭おかしいでしょ…!」


 痛い、苦しい、暖かい。身体は様々な情報を受け入れているが心は何も受け入れられてない。


「ファンのあの子なら全てを受け入れてくれると思った!?あの子の“好き”は愛してくれる方の“好き”なわけないじゃない!!」


 吐き出した言葉はバスルーム中に反響して自分の耳へと返ってくる。自分自身に言い聞かせられた私の心には、強く深く刃物が刺さったみたいだ。


「何で、何でこうなったのよ」


 肩を抱え込む手で爪を立て、肌が凹むくらいに押していく。途中から涙が止まらなくなってシャワーのお湯なのか涙なのか判別出来ない。


 私は自分が何者かわからなくなってアイドルを辞めた。


 人気絶頂のスターラインはこれからも上へと行くはずだ。もしアイドルを辞めていなければ普通じゃ見れない世界を沢山見れていただろう。


 それに給料だって卒業する前は信じられないくらいに入っていた。でも無職同然になればお金の心配も視野に入れなければならない。


「結局、私のせいじゃない…」


 望んでない性格になってしまっただけでアイドルを辞めなければよかった。

 ON OFFの切り替えが上手ければここまで思い詰めることは無かったのかもしれないのに。


 やはりもう私には最後の地を探して全て終わりにする選択しか残ってない。


 ……逃避行の旅を始めた時はそう思っていた。


 でも世奈ちゃんと再会してから予定が狂ってしまったのだ。死ぬ前の思い出として利用するつもりが、いつの間にか縋るようになってしまった。


 しかし世奈ちゃんに拒絶された今、私を気にかける人なんて誰も居ない。


 いつ死ぬか何処で死ぬかは私だけで決められる。


「そろそろ終わりにしよう…」


 私は肩から手を離すとシャワーを止める。全身がびしょ濡れになりながら浴槽を出た。


 すると洗面台の鏡に私の姿が写し出される。そこには全て水に流された化け物が立っていた。


「ねぇ、凛奈」


 裸のまま私は、鏡に映る化け物に触れてみる。化け物は私の手の水滴によって一部が歪み出した。


「アイドルって終わった後が地獄だったみたい。トップアイドルのエースになってしまった私は特に」


 下へと流れる水滴はまるで涙を演出しているみたいだ。実際、反射している私も目元は涙で濡れてどうしようもなくなっている。


 私は化け物の涙を拭うように指を動かした。


「もう何処へ行っても無理よ。足掻いても無理よ。アイドルではない貴方も、私も、終わりなのよ」


 何でアイドルになってしまったのだろう。

 全てが終わりかける今だからこそ疑問に思ってしまう。


 別に憧れていた人が居たわけじゃない。お金に困っていたわけじゃない。


 14歳の私は何を思ってオーデションを受けたのか、25歳の私は思い出せなかった。


「酷い顔ね」


 未来は誰にもわからない。でも少なくとも私の未来は真っ黒で染められていた。


「今の凛奈は汚すぎるわ」


 化け物の私へ嘲笑うように口角を上げて近くにあったタオルを取る。


 明日にはここから出て行かなければならない。そういえば買い置きしていた桃のゼリーがまだ残っていたはずだ。


 私はふらつく足取りでバスルームを後にした。

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