13話 アイドルの君が死んだ理由
微妙に聞こえる花火の破裂音。それと共に暗い空が彩られる。一気に空が明るくなった。
あたしが見つけた穴場は、集合住宅の前にある小さな広場。集合住宅自体寂れた場所でもあるのであたしと凛奈以外は誰も居ない。
そんな小さな広場のベンチに座ったあたし達は、2人きりで花火を眺めていた。
「市内の人しかわからない穴場スポットね」
「障害物はありますけど、見えないことはないです」
「きっと今頃、会場は凄い人でしょうね」
「スターラインのイベントに比べたら全然ですが」
「それはそうかも。凄い時はニュースに取り上げられるくらいだったから」
スターラインは現在の日本を代表するアイドルだ。ファンの数も多く存在する。
あたしが最後にスターラインのイベントに行ったのは凛奈の卒業ライブだった。しかし実際にライブを見たわけではない。
理由は簡単で落選したのだ。
だからグッズを買うためだけに東京に向かって日帰りで帰ってきた思い出がある。
その時も、卒業ライブというのもあってか凄まじい人の列で埋め尽くされていた。
「ずっと気になっていたことがあるの。ファンの人はあの待ち時間に何をしているの?」
「あたしはひたすらボーッとしているだけでした。他の人はスマホいじってたり、一緒に来た人とお喋りしたりですかね。でも体感的には待ち時間が長いって感じたことがないんです」
「まぁ、この後楽しいことがあるって考えると時間はあっという間に過ぎていくものよ。見せる側にとっては緊張の時間だけど」
「凛奈はライブ開始まで何してたんですか?」
「ライブBlu-ray用のインタビューとか、振り付け確認。それとメンバー同士で背中を叩き合ってたわ」
「よくある緊張をほぐすやつですね」
「ええ」
「それを聞くとやっぱり、スターラインのメンバーって仲良かったんだなって思います。不仲説とか聞いたことありませんもん」
不仲説は複数人で成り立つグループになると自然と出てくる。
それが例え何の意図もない言動でもファンが違和感を持ってしまえばすぐに噂と化すものだ。女性グループだと余計に不仲説を立てられやすい。
けれど、不思議なことにスターラインにはメンバー同士の不仲説が浮上したことは無かった。
「凛奈はキャプテンとよくセットにされてましたよね?2人で歌うカップリング曲も出して……」
空を見上げていた顔を凛奈へ向けるとあたしの言葉が止まる。
マスクをしていてもわかる不機嫌な様子だった。いや、不機嫌という表現は違う。
目線を下にして地面を見つめる凛奈はどちらかというと呆れの感情を出していた。
「ごめんなさい。あたし、また変なことを」
「別に変ではないわ。変なのは私の方よ」
「凛奈が?」
「競争率の激しい世界で切磋琢磨してきた仲間を褒められるのは嬉しいわ。嬉しいはず……なのに」
花火がもたらす明るさとは真逆に、あたし達の空気は重苦しくなる。
始まったばかりの花火は勢いを増して次々と打ち放たれた。
「腑に落ちないのよ…」
「腑に、落ちない?」
「………答え合わせをしましょう。私が素を知らない理由について」
そう言った凛奈はマスクをゆっくり外して口元を露わにする。
その姿は本屋で再会した時の凛奈と重なった。
花火の光があたしと凛奈の横顔を照らす。
「私は14歳で芸能界に入ってアイドルという存在になったわ。スターラインが所属していた事務所は有名アーティストも在籍していたから、結成当時から期待を向けられていた」
「…はい」
「期待されていたからこそ沢山の大人と関わった。良い人にも嫌な人にもね。信じられないことに、私は何回もセンターをやらせてもらった経験もある。だから他のメンバーと比べて大人との関わりが多くなってしまったの」
呆れたように息を小さく吐き出した凛奈は自分の手を強く握りしめる。
この先の展開は、一般人のあたしには全く予想がつかなかった。
「大人との関わりが多くなるということはスターラインの宣伝をするチャンス。イメージアップしておかなきゃすぐに見放されてしまうのがアイドルの世界。私はそのイメージアップのために好かれやすく対応しようって決めたの」
「もしかして、その対応で…?」
「ええ。気付いたら何処にでもいるような良い子ちゃんになっていたわ。ファンの人も言うように模範的な真面目人間に」
模範的。それはアイドル番組でもファンの間でも出てくる凛奈を表す単語。
あたしも凛奈と言えば模範的という言葉が強く浮かんでくる。他にも魅力的な部分は沢山あるのに1番先にくる印象はそれだった。
普通、模範的と言われたら良いように受け取ってしまうだろう。でもこの話を聞いてしまった後に凛奈の立場になったらどうだ?
作られた模範的は嬉しく受け取れるだろうか。
「でも気付くのが遅過ぎたんでしょうね。自覚した頃には好かれるためにって思っていたはずの対応が無意識に出るようになっちゃった。上から新しく塗りつぶせないくらいに」
「凛奈…」
「今の私なら思うの。10代って自分を組み立てる大事な時期なんだって。でも私は10代の大半をアイドルに捧げてしまった」
「………」
「だからわからないの。本当の私はどうだったのかなんて。本当を埋め込む前に、作ったものが染み付いてしまったのよ」
「っ……」
凛奈の頬に涙が流れる。笑っているのに絶望したような顔はあたしの中に深く刺さった。
いつの日か見た自分の顔が今の凛奈とリンクする。
あたしは痛いくらい手のひらに爪を食い込ませて、湧き上がる震えに耐えようとした。
「でもね?メンバーはみんな気付かなかったんだよ?同期も後輩もみんな。それが私だって思ってる。模範的な真面目さも、大人なお姉さんも、頼り甲斐のある感じも自分のためじゃなくてアイドルのためにやったことだったのに…!」
微かに聞こえた破裂音も、周りで鳴く虫の声も全く聞こえない。
あたしの耳には凛奈が苦しむ声と激しくなる自分の呼吸しか聞こえなかった。
「模範的が定着したら篠崎凛奈にはそれしか求められない…!だって自由気ままにやっている子達は他に居るもの!途中で自分に違和感を持っても求められたらやるしかない!……それが、夢見た、アイドルなのよ…」
こんな凛奈を見たことがない。目の前に居る凛奈はあたしが知っている人とは別物だった。
「だから消したの。アイドルの篠崎凛奈を」
あたしは凛奈と再会した日に「演じていたのか?」と聞いた覚えがある。でも凛奈は演じていたつもりはなかったのだ。
この人はスターラインのために頑張っていただけ。
その結果、頑張った自分と周りの欲求に支配されてしまった。自分でも驚くぐらい速く頭の中で処理される。
それと同時にあたしにはある言葉が浮かぶ。
ーこのままでは凛奈が消えるー
そう思った瞬間、あたしの目からは涙が溢れた。