12話 花火大会
今日は年に1度、この市で行われる中規模な花火大会。地元の人達で賑わうイベントだ。
1週間くらい前からありとあらゆる場所でチラシが貼られ、会場では屋台の骨組みなどの準備をしていた。
そんな花火大会にあたしは初めて参加する。
今までは最初から行かせてもらえないことがわかっていたから興味さえも示さなかった。
だから初めての経験を推しである凛奈と出来るなんて幸福極まりない。
両親に見つかると面倒だから浴衣は着れなかったけど、凛奈と一緒というだけで十分だ。
【着きました!】
浮かれる気持ちになりながらあたしは凛奈にメッセージを送る。待ち合わせ場所は凛奈が居るビジネスホテルの近くだ。
【今行くわね】
凛奈はスターラインを卒業したとはいえ、名前や顔は広まっている。いくら田舎でも知っている人は多数存在するだろう。
だから今回は屋台がある会場には行かない。どちらかというと、メインディッシュである花火を堪能する感じだ。
花火なら場所を選べば人気のない所でも見れる。今日のためにあたしは色々とリサーチしてきたから大丈夫なはず。
「世奈ちゃん」
「あっ、こんばんは。凛奈」
「こんばんは。ここら辺はあまり人が通ってなくて安心したわ」
「少し前なら通ってたかもしれません。でも今の時間帯なら参加する人はほとんど会場に居ると思います」
「わざわざ時間帯を選んでくれたのね。ありがとう」
「いえ!全然大丈夫です!」
待ち合わせ場所に来た凛奈は、本屋で再会した時と同じ服装で来てくれた。
別に頼んだわけじゃないけど大人っぽい服装だからあたし好みでもある。それにノースリーブだと真っ白な肌が出るからより神々しく見えるんだよね…。
そして外出時のマスクはいつも通りだ。
「何考えてるのかしら?」
「えっ!?いや、別に何も…」
「そう。まぁ良いわ。それで?何処で見るかは決まっているの?」
「はい!今から行く場所なら花火もギリ見えるし人も居ないと思います!」
「ありがとう。それじゃあ行きましょうか」
凛奈は当たり前かのようにあたしの手を掴んで隣に並ぶ。
しかし慣れないあたしは驚いて凛奈を見てしまうと、凛奈は思い出したように手を離した。
「そういえばここは都会とは価値観が違うのよね?」
「ま、まぁそうですね。直接口出しはしなくても見てくる人は結構居るはずです」
「ごめんなさい。手は繋がないようにするわ」
「はい…」
暑い夜でも冷たい凛奈の手は、あたしに若干の体温を残して離れて行ってしまう。
人に見られない安心と繋げない寂しさが混ざり合って変な感情だ。
あたしは名残惜しいように離された片手に目を向ける。
「そういえば、夏祭り終わったら凛奈はどうするんですか?」
「逃避行をってこと?」
「はい。流石にこの県に移住なんて考えては」
「ないわ」
「ですよね…」
「でも夏祭りがあるからという理由で今日まで滞在していたから、そろそろ次の予定も考えないとって思ってる」
本心を言えば夢のような現実は終わってほしくない。しかしあたしが凛奈をここに留まらせる権利なんて持ってないのだ。
錯覚のようにあたしは凛奈と仲良くなっていると感じているけど、実際は推しとオタクの関係で止まっている。
それ以上でもそれ以下でもない。
けれど1つの疑問があたしの口を開かせてしまった。
「凛奈は」
「ん?」
「凛奈は旅が終わった後、何をするか聞いても良いですか?」
あたしは足を止めずに質問する。凛奈はこちらを見ることなく行き先だけを向いていた。
「……花火が始まるわ。急ぎましょう」
「そうですね。そこの通りを入ります」
「ええ」
言う気は無いらしい。それは当たり前だろう。
凛奈の目の奥はあの湖と同じように濁っている。言わないのではなく言えないのかもしれない。
迷いを浮かべたような目の色は次に進む凛奈の道が定まってないことを示していた。
あたし達は近くの小道に入って目的地へと向かう。夜の空に花火が咲くまで10分を切ったところだった。