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10話 君と私の違和感

「こういうのはやったことない?」

「……こういうのとは?」

「食べ物シェアするの」

「あたしは無いですね…。友達とか居ないし、ってか友達居ても推しとシェアするのはまた違いますよ!?」

「そう?よくわからないわ」


 とぼけたように軽く首を傾げれば世奈ちゃんは更に顔を赤くして俯く。他のファンの人もそうだけど、首を傾げて何が可愛いのだろう。


 アイドルを11年やった今でもわからないことが多い。本心でも無いのにぶりっ子したり、セクシーなポーズをとったりと様々なリクエストを受けた。


 しかしどの辺に需要があるのかやってる側として理解出来なかった。


 それでもやったのは求められているからという理由だけ。“やれ”と言われたらやるし“やるな”と言われたらやらない。


 それがアイドルの篠崎凛奈だ。


 私は最後に残しておいた桃の果肉を噛み締めてゼリーを完食すると解熱剤に手を伸ばした。


「貴方は友達居ないの?」

「居ませんね」

「スターラインは結構有名なアイドルグループまで成長したわ。自慢じゃないけど私は他の子と比べて沢山のファンが応援してくれた。握手会に頻繁に行く貴方ならファン同士の関わりも多そうに見えるけど」

「そんなことないです。たまにSNSで凛奈推しの人が絡んでくれるけど、1度挨拶したら次はこっちから行かないと自然に関わりは終わってます」

「なるほどね」

「リアルでも人を避けて生きているので…」

「ちなみなんだけど」

「はい?何でしょう?」

「貴方の年齢は?」


 私は世奈ちゃんの話を聞きながら解熱剤を水で流し込んで冷蔵庫にしまう。水分を摂ってスッキリしたためか足取りも安定してきた。


「あたしは17です」

「高校生?」

「はい。高校生2年生」

「やっぱり学生さんだったのね。薄々感じていたけど」

「子供っぽく見えます?」

「年相応だと思うわ。でも高校生なら嫌でもリアルで人と会うでしょう?」

「行っているのは普通の高校じゃないので。あたしは通信制に通っていて全日制よりも人も関わらないんです」

「へぇ、通信制か。今風ね」

「凛奈が高校生の時はもうスターラインに入ってましたよね?通信制ですか?」

「芸能科がある高校が東京にはあるのよ。現役メンバーの後輩もそこに通っている子が居るわ」

「東京って凄いですね。こんな田舎では考えられないです」


 確かに芸能科がある学校は数少ない。人口が多い場所だからこそ出来る教育だ。


 でも世奈ちゃんのリアルの話を少し聞いて納得した。高校生でバイトが出来るのというのは通信という理由だかららしい。


 世奈ちゃんが通信制に入ってなかったら頻繁に握手会にも来れなかったし、卒業した現在こうやって巡り合うことも無かっただろう。


 すると世奈ちゃんは気付いたようにコンビニの袋から体温計を取り出す。


「ごめんなさい。ゼリーに夢中で忘れていたわ」

「いえいえ。あたしも気付かなかったので」

「後でコンビニのレシート見せてちょうだい」

「うーん、やっぱり…」

「貴方のバイト代がアイドルだった私の給料よりも高いのなら無理して払わないわ」

「……帰る時に見せます」


 脇に新品の体温計を挟んで熱を測るとすぐに音が鳴る。やはりこの怠さは熱によるものだった。体温計には37.2と表示されている。


「微熱ね。解熱剤は飲んだから後は安静にしていれば治るわ。花火大会までには完治させるから安心して」

「もし体調が悪い場合は無理しないでください。年に1回の大きな花火大会だから市内の人が沢山来るだろうし」

「大丈夫よ。アイドルやってた時も大体翌日には治ってレッスンに行っていたから」


 座っている世奈ちゃんには失礼だけど私はベッドに入って横になる。

 寝て、もう1つのゼリーを食べて薬飲んでまた寝れば明日には下がっているはずだ。


 世奈ちゃんは椅子に座りながら眉を下げているけど私の回復力を舐めないで欲しい。


「そんなに心配しなくても良いのよ?」

「でも…」

「疲れから出た熱だからすぐに良くなるわ。ねぇ、こっち来て」

「えっ?」

「ここ」


 私はベッドの端を叩いて世奈ちゃんを呼ぶ。戸惑うように腰を上げた世奈ちゃんは私が寝転ぶベッドに座った。


 そんな素直に従ってくれるファンに私は手を伸ばして腰へと添えた。


「ちょっ…」

「触られるの嫌?」

「別に嫌とかでは……ただ、何で腰?」

「特に深い理由があるわけではないのだけど、強いて言えば貴方が本屋でバイトしているからかしら」

「もしかして腰痛いのバレてたんですか?」

「何となくね。モデルもやっていたから人の歩き方をよく見てしまうの。この前庭園で歩いた時も少しだけ違和感持っちゃって」

「そんなに変な歩き方でした?」

「私だからそう見えたのかもしれないわ。普通の人なら全然変に見えてないと思う」

「なら良かったです。本屋だとどうしても重いものを上げたり下げたりしなきゃいけないので筋肉痛になりやすいんですよ」


 苦笑いする世奈ちゃんの腰を撫でているとこの子の細さに驚く。アイドルやモデルはやっていないはずなのに華奢なくらい細かった。


 筋トレか何かをやっているのだろうか?それとも本屋の作業でこうなったのか?


 ……いや。これは締まっているというよりも単純に痩せすぎな気がする。


 私が問いかけようと口を開くと同時に世奈ちゃんは立ち上がった。


「やっぱり推しに触られてるとなると恥ずかしいですね。気絶しちゃいそうです。体も冷えたし、あたしそろそろ帰りますね」

「え、ええ。わかったわ」


 早口でそう言いながら世奈ちゃんは、自分のバッグから1枚のレシートを取り出して小さな机の上に置く。


「花火大会の時にでも返して貰えれば。それじゃあもう行きます。ゆっくり休んでください」

「ありがとう。どうせなら入り口まで送るわ」

「大丈夫です。凛奈は休んでいてください。何かあったらいつでもメッセージ送って欲しいです。それでは」

「わかったわ…」


 逃げるように世奈ちゃんは扉へ向かうとすぐに部屋を出ていく。オートロックの鍵がカチャリと音を立てたと同時に部屋は一気に静かになった。


 いくら私のファンとはいえ、腰に触るのはアウトだっただろうか。私は若干世奈ちゃんの温かみが残っている片手を見つめる。


 不思議と心にポッカリとした穴が空いたような気分だった。


「………」


 私は手を掛け布団の中に入れて体を丸める。解熱剤が効いてきたのか瞼が段々と重くなってきた。

 現実逃避するかのように目を瞑って夢の世界へ入ろうとする。


 世奈ちゃんへの違和感と、私への違和感が自分自身の心を悶々とさせていた。

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