猫耳と勇気 【月夜譚No.342】
猫耳をつける日がくるとは思わなかった。窓硝子に映る自分を見る度に落ち着かず、頭に手をやるとふわりと柔らかい感触がして違和感を覚える。
誤解のないように断っておくが、俺は決して猫が嫌いなのではない。寧ろ好きな方――いや、大好きなのだが、一般に強面と称されるこの顔では似合わないにもほどがある。
可愛らしいものとは無縁だと友人にはっきり言われたし、道端の野良猫に近づこうとしたら一歩踏み出したところで一目散に逃げられてしまった経験もある。
だというのに、こんな恰好をすることになるとは。昨日までの自分は夢にも思わなかった。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」
「……えっと……二人、です」
教室の前に並んだカップルに声をかけると、男の方が引き攣った顔をして指を二本立てる。
今日は文化祭。クラスの出し物は猫耳をつけて接客をする猫喫茶だ。
役割分担の段階では俺は裏方の調理班だったはずなのだが、今朝になって接客班の一人が風邪をひいて欠席。その代わりをくじ引きで決めたところ、当たりを引いたのは俺だったというわけだ。
それにしても客の反応を見る限り、俺が接客をしていては売り上げに影響が出るのではないだろうか。
カップルを案内して定位置に戻ろうとした時、クラスメイトの女子と擦れ違った。
「そのカッコ、似合ってるよ」
小声で言われた言葉に振り返るが、彼女は何事もなかったかのように客から注文を受けている。
今のは、一体どういう意味なのだろう。
少しばかり恥ずかしそうに上擦った声を思い出して、俺は熱くなる頬を片手で隠した。